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飛鳥川 葵
飛鳥川 葵
novelistID. 31338
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クロス 完全版

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 何時間か棺桶屋の前で座って張っていると足音が聞こえてきた。ハッとしたが、馴染みのある軍靴の音に巡回中の軍人と気付く。二人組の一方がアレックスに気付き、警告してきた。
「ガンマン風情がこんな所にいちゃいかん」
「はいはい、ご苦労様」
「気を付けて帰るように」
「はいはい」
 アレックスは帰る素振りをしたが、二人が去っていくとまた棺桶屋に戻った。
 再び足音が聞こえてきた。その方向を見やると、黒ずくめの長身の男が近づいてくるのが見えた。
「お前が『神足のガンマン』アレックス・ウィンタースか」
「そうだ。あんたがクロスか」
「そう呼ばれているな。よし、勝負をしようじゃないか」
 言うが早いか、十バックス硬貨を取り出していた。放り投げる。地面に落ちる。クロスのトゥーハンドが火を噴く。二発の銃声が虚空に響いた。
「何故……」
 クロスは驚愕した。アレックスがコートを翻して懐に飛び込んできていたからだ。そして顎(あぎと)に銃口を突き付けていた。神足とは初歩からトップスピードに乗れる能力のコトである。
「『神足のガンマン』とはそういうコトか」
「早撃ちとは違うんでね。さぁ観念しろ」
 アレックスが銃床をクロスの首筋に叩き込もうとした時、邪魔が入った。自警団がやって来たのである。銃声を聞きつけ、走ってこちらにやって来るのが見えた。アレックスが一瞬気を緩めた隙にクロスも自警団に気付き、その場から離れようとした。舌打ちをして銃を仕方なしに収める。
「命拾いしたな。行けよ。だがその前に約束しろ。明日ここに戻ってくるってな。仕切り直しだ」
「あぁ。望むところだ。今日はオレが油断したに違いないからな。じゃあな」
 クロスは闇に紛れた。アレックスはまだまだ甘いなと腰に両手をあてがい、ため息をついた。そこに自警団が到着した。
「なんだ。アレックスか。何があったんだ」
「なんてコトはない。ただの暴発だ」
「おいおい。勘弁してくれよ。お前らしくもない」
「そんなコトもあるさ。悪かったな。帰るよ」
 一団がぶうぶうと文句を垂れる中、アレックスは事がややこしくなる前に退散した。

 翌日、今夜で終わると言ってアレックスは洋館を出た。ビリーにはその根拠が分からなかったが、あの不敵な笑みを見て何故だか落ち着いた。
 アレックスは棺桶屋の前でボーっとしながら座って待っていた。今夜は雲一つなく澄み渡っている上に満月で、かなり明るかった。それ故に底冷えしていた。早くクロスが現れないだろうかと手を温めながら足をさする。コートの右ポケットには弾が大量に入っていた。時折何気なくそれを触ってはジャラジャラと音を立てて軍人時代を懐かしんだ。ロクな思い出はなかったが。
 流石にこの寒さの中、同じ体勢はきついと立ち上がって体をほぐし始める。なんとなく凝りがほぐれたところに足音が聞こえてきた。待望のクロスの登場である。
「来たな」
 そう言いながらクロスと対峙すべく通りの中央に歩を進めた。顔には不敵な笑みを浮かべて。
「楽しそうだな」
「まぁね。お前が私にひれ伏すのが見えてるんでね」
「それはどうだろうな。オレには逆の絵が見えるが」
「奇遇だね」
「じゃあ、始めるぞ」
 クロスが十バックス硬貨を取り出す。放り投げる。地面に落ちる。トゥーハンドが火を噴き、神足が飛ぶ。フォア・ローゼスは顎を捉え、クロスのプラット・バレーが脳天を捉える。互いの口の端は奇妙に歪み、笑い声が漏れる。
「こう来ると思った。どうやら馬鹿ではないらしい」
「同じ手を食う奴がいるか」
 互いに鼻で笑い飛ばすとゆっくりと銃を離し、距離を置くと申し合わせたように同時にトリガーを引いた。横っ飛びで通りの両端に分かれる。アレックスは立て掛けてある幾つもの棺桶に、クロスは積み上げられた幾つもの木箱に身を隠して撃ち合った。幾度もシリンダーを振り出しては薬莢を落とし、弾を詰め込んだ。アレックスはほぼ正確にクロスの居場所を捉えていた。その点ではクロスは劣っていた。
 銃声に気付いた棺桶屋の主が玄関を開けて飛び出してきた。アレックスは「死にたくなければ中に入って窓から離れろ」と叫んだ。主はその声に弾かれて勢いよく玄関を閉めた。
 アレックスには弾が見えているかのようにギリギリの所で躱していた。当たりなどしないとばかりに利き腕の左腕を伸ばして撃ち、弾が切り裂く空気の音を聞き分け、顔にその振動を感じた。
 遂にその時は来た。微かではあるが、アレックスの耳はそれを聞き逃さなかった。確かに肉が破れる音がした。一気に片を付けるべく棺桶の裏から飛び出し、神足を飛ばす。木箱に張り付き、様子を窺う。木箱の陰からマズルが見え、バレルが突き出した。その瞬間、アレックスは左腕を捩じ込んだ。マズルは正確にクロスに触れた。身を強張らしたのが指先に伝わってくる。マズルはそのままに、プラット・バレーを握った手を鷲掴みにすると、ありったけの力で引きずり出す。
「言わんこっちゃない。今度こそ観念しろ」
 言うが早いか、銃床を首筋に叩き込んで気絶させていた。崩れ落ちたクロスを持っていたロープで後ろ手に縛り、両足首も縛った。棺桶屋の玄関の前まで引きずっていくと、「終わったぞ」と言いながら扉を叩いた。おずおずと主が顔を覗かせる。アレックスは事の次第を話し、電話を貸してもらうコトにした。まずロゴスにかけ、軍にもかける。そこに今までどこで何をしていたのか、巡回中の軍人が息を切らせてやって来た。
「どうされましたか」
 年輩の軍人はぜいぜいと息をついているので、相棒の若い軍人がすぐに息を整えて聞いてきた。クロスだと答えると慌てて無線連絡をした。
「グラント将軍も呼んでくれ」
 そうアレックスは頼んだ。先程の電話ではヘンダーソン中尉が出たからだ。
 程なくしてロゴスが到着した。ロゴスはクロスをひっくり返して馬乗りになり、マスクをはぎ取った。細面の顔が露わになる。立ち上がると悪態をつきながら脇腹を思い切り蹴り飛ばした。
「殺してやりてぇ」
「駄目だ。軍が身柄を欲しがってる」
「なんだと。まさかアレックス、軍ともつるんでたのか」
「すまない」
「五百万バックスはなしだ」
 予想はしていたが、大金を手に入れ損ねたコトに落ち込む。
 ロゴスが去っていった後、軍が到着した。ヘンダーソン中尉とオブライエン少尉が軍用車から降りてきてクロスを護送車に乗せる。遅れてグラント将軍もシュミット少尉を従えて到着し、クロスの顔を見ていく。護送車は発進して軍司令部へと向かった。
「よくやったな。鈍ってはいなかったようではないか」
「ありがとうございます」
「だが少し派手にやったな」
「それは言わないでください」


         エピローグ THE BLACK PARADE IS DEAD

 一か月後、軍裁判所はクロスに死刑を言い渡した。銃殺刑である。一方アレックスの元には死刑の立会許可状が来た。死刑は一部公開方式である。
 当日、軍の広場には目隠しをされ、磔にされたクロスがいた。立会には遺族、ヘンダーソン中尉、オブライエン少尉、グラント将軍の他に、ロンとデービス刑事にロゴスがいた。
「何か言い残すコトは?」
「ない」
「そうか。では始める。整列!」
作品名:クロス 完全版 作家名:飛鳥川 葵