クロス 完全版
「複数形になってますけど」
「あぁ、二人組なんだ。一人はまだいい。もう一人が厄介なんだ」
「詳しいですね」
「同じマンションに住んでるからな」
「はい? 引っ越さないんですか」
「オレはあそこが気に入ってんだよ。先に住んでたのはオレ。出てくなら奴等のほうだ」
言い終えるとエスプレッソを流し込む。今日の一杯はいつもより苦い気がした。おしぼりで顔を拭きながら頭を冷やす。
「すまない。奴等のコトになるとつい……」
「いいですよ。腕は立つんですよね? 逆に利用できませんか」
「腕はいいが、それは無理だな。外見はお綺麗だが腹の中はどす黒いからな。まぁ、最後の手段ってとこだな」
「そうですか。頼りにはしているんですね」
「そこに食いつくな。警察の限界が来た時、奴等の特権がものを言うんだ」
「後ろ盾、ですね」
「そうだ」
「これからどうしますか」
「オレはちょっと定期検査に」
「どこか悪いんですか」
「右腕がな」
「行く所がないんでお供しますよ」
「おいおい。見世物じゃねぇぞ。まぁ、ついて来たいならついて来い。すぐ近くだから」
「はい。では遠慮なく」
ロンはデービス刑事を気に入り始めていた。店を出ると南に向かう。バッカス通りから通りを五本も下ると景色は灰色に変わった。工業地帯だ。フェルナンド通りは通称メタル・ストリート、あるいはスクラップ・ストリートと呼ばれ、アンドロイドやサイボーグの廃材を再利用、再製品化している工場が軒を連ねている。
二人は通りに入ってすぐのバーナード・プレス社の扉を押した。こじんまりとした工場でプレス機の音が響いている。ロンは大声で叫んだ。
「レイ! いるかい」
奥から野太い声がして屈強な男が現れた。ここの技師で工場長のレイ・バーナードである。
「ロンか。どうした。見慣れない顔を連れてるな」
「相棒のデービスだ。メンテナンスの見学をしについて来た」
「おう、そうか。よろしくな。オレはレイ」
「チャック・デービスです。よろしく」
「まぁ、適当に座ってくれ。おっかあ、茶だ! 二人分な!」
レイは奥に向かって叫んだ。二人は近くにあった丸椅子に腰を掛けた。横には木の作業台があり、壁にはプレート見本が掲げてある。
「調子はどうだ」
「まあまあだ。天気が崩れかけると胸の継ぎ目と肩が痛む程度で」
「そいつぁ、オレの領分じゃねぇなぁ。ちょっと見せてみろ」
言われた通りシャツと手袋を脱ぐ。右胸と肩から先は鋼で覆われていた。
「サイボーグだっていうのは本当だったんですね」
「兄ちゃん、初めてかい。そう珍しくもないんだぜ。義肢の延長線みたいなもんだからな。じゃあ、プレート外すな。筋肉や関節の動きが見たい」
レイは太い指でドライバーを摘み、器用にビスを回してプレートを外していく。ロンの右胸の生々しい傷跡が露わになる。続いて人工筋肉、人工関節もむき出しになる。
奥から妻のフランソワが紅茶とスコーンを運んできて、作業台の隅に置いていった。二人はご馳走になりながらも作業から目を離さなかった。
「指動かしてみ。……うん、大丈夫だ。手首曲げてみ。回して。今度は肘曲げてみ。連続で。内旋。外旋。次に肩回してみ。前回し。後ろ回し。肘曲げて手の平が背中につくか? そのまま左手でぐっと押さえても大丈夫か? 最後に肩からプラプラさせてみ。……うん、大丈夫だ。動きに問題はないようだな。古傷が痛むのは万人に共通するコトだから、諦めな。じゃあ、プレート戻すな」
レイはまた器用にビスを回して留めていく。ロンはほっとして服装を整えた。
「面白かったかい」
「はい、カーター刑事」
「そいつぁよかった」
「こいつが誰か連れてくるのは初めてだ。よほど気に入られたんだな、兄ちゃん」
「それが本当なら嬉しいです」
「素直な奴じゃねぇか、ロン」
「あぁ。だから気に入ってんだ」
アレックスは考えていた。プロント通りの一件だけで警官が目につくほど増えるとは考えにくい。恐らく二件は起きているはずだ。フィゲロ通りの一件もロンが捜査しているのならば同様の事件の可能性が高い。これまでに最低でも三件は起きているはずなのだ。しかも全て警官が標的になっている。そうでなければニュースにならないコトの説明がつかない。誰かが警官狩りをしている。警察に怨みのある者の犯行か? あるいはただの快楽殺人鬼サイコキラーか? そういえばロンが、お前もガンマンだから気をつけろと言っていた。銃を持っていれば標的になる可能性があるというコトか? 四発の銃声というのも気になる。仕留めるなら二発で事足りるはずだ。よほど下手なのか、それとも念入りにやっているのか。いずれにせよ怨みの線は消えない。
アレックスは自分の考えをビリーに話した。ビリーも同じように考えていた。
「これ以上ロンをつついても何も出てこないでしょうね」
「あぁ。全くどこの誰がやってるんだか。迷惑な話だ」
「あれ? やる気じゃなかったんですか」
「相手は警官好きだぞ。一般市民が巻き込まれていない以上、手出しできやしない」
「箝口令ですか」
「そうだ。情報が欲しい」
「やってみますが、箝口令が敷かれている以上、そうそう手に入らないですよ」
「待つしかないか」
「待つのも重要です。何かあったらすぐ連絡してくれるよう頼んでありますから」
アレックスは歯痒かった。
SYMPATHY FOR THE DEVIL
捜査の進展がないのを嘲笑うかのように、三日後また事件は起きた。現場は西はずれの青果卸売市場。ロンはデービス刑事に覆面パトカーを運転させて、現場に到着した。チェイス係長は先に来ていた。
「状況は?」
「今度は二名だ。正確には二体だが」
「二体? アンドロイド部隊までもが殺られたんですか」
「そうだ。ご丁寧に二体ともクロスに仕立て上げられとるよ」
ロンはいたたまれなかった。アンドロイドでも止められないクロスを、どうやって捕まえるというのだ。期待していただけに落胆は大きかった。この先どうしたらいいのだろうか。
その時、鑑識が声を上げた。
「血痕です!」
現場が突如色めき立った。クロスが負傷した可能性が出てきたのだ。
「付近の病院を当たれ。銃創患者がいないか探すんだ」
チェイス係長は叫んだ。捜査員は散り散りに現場を離れていく。ロンとデービス刑事は現場に留まり、鑑識の様子を見つめていた。
会議室では銃創患者の報告がなされていた。二件中一件は誤射で負傷、もう一件は夫婦喧嘩の果ての発砲だった。現段階では病院からの報告待ちというなった。
アンドロイドは後頭部を撃たれていたため、電脳の解析が難しく、断片しか洗い出せなかった。映っていたのは黒ずくめの背の高い男だった。
「カーター刑事、待つしかないんでしょうか」
「いや、一軒行っていない所があるはずだ。そこに行こう。運転してくれ」
「分かりました」
ロンとデービス刑事はレインボー・ストリートの一角にある、寂れた建物の前に覆面パトカーを停めた。看板にはただ「診療所」とだけ記されている。ロンは扉を開けると、すぐ近くの受付に声を掛けた。
「先生いるかい」
「奥にいますよ」
「なんだか嬉しそうじゃないか、テリー」