クロス 完全版
「ヨハンこそ。こんな時間に訪ねてきてすみません」
「いいよ、いいよ。で、何。どした」
「情報が欲しいんです」
「どんな」
「なんでも。特に警察関連」
「警察ならさっき来たよ」
「何か言っていましたか」
「用心棒いるだろ? そいつに暗い夜道を一人で歩くなって。鼻で笑い飛ばしてたけどな、連中」
「そうですか。用心棒にだけですか?」
「そう、用心棒だけ。物騒なもん吊るしてるからじゃないかなぁ。安全週間かなんかのパフォーマンスじゃないの」
「そうですか。ありがとうございます。少ないですけど、これ」
ビリーは三千バックス差し出した。ヨハンはしばらく眺めていた。
「少ないね、ホント。しゃあないか。大した情報じゃないし」
「ごめんなさい。今、金欠なんです。親分が仕事選ぶものだから」
「相変わらずなんだね、アレックスは。また何かあったら連絡するよ」
「ありがとうございます。その時はもっと支払いますよ」
「おう。またな」
ビリーはもう一度礼を言って別れた。どうも警察は銃にこだわっているようだ。何故だろう。やはり銃撃事件だろうか。今一つ確証が持てないのでもう一つ情報屋を当たってみるコトにする。
一旦広場に戻り、少し西に歩く。マルティーノ通りの南側、花屋が建ち並ぶうちの三軒目のフローレンスに入る。女主人のマリアが大きなアレンジメントを作っているところだった。
「マリア、忙しいところごめんなさい」
「あら、ビリー。いらっしゃい。また新しいお花がご入り用?」
「それもあるんですけど、そのアレンジを作り終えるまで花を選んで待ってます。用件はそれから」
「そう、ありがとう。結婚式の二次会のお花頼まれちゃって。それも急に。もうすぐ終わるから」
マリアは忙しそうに、ああでもないこうでもないと花を抜き差ししている。ビリーは今度部屋に飾る花を選ぶコトにした。
冬だというのに店内には花が溢れかえっていた。きっと温室育ちの花なのだろう。ビリーは鉢植えにしようか、切り花にしようか迷っていた。花を育てるのは楽しい。世話をした分、より綺麗に咲くからだ。店内をぐるりと巡る。店頭には切り花が、壁には鉢植えが並んでいる。奥の作業台ではマリアがアレンジの出来栄えをもう一度確かめていた。
「ねぇ、あんた。これを大至急、ベローナまで届けに行ってくれないかしら」
マリアが奥の部屋に向かって声を掛けた。のっそりと熊のような大男が現れた。旦那のリッキーだ。ビリーは軽く会釈をした。
「相変わらずほ細っこいのう。じゃあ、ちょっくら行ってくらぁ」
いってらっしゃいと二人が言う。ベローナは高級レストランだ。ビリーは一度も行ったコトがない。そんな所へリッキーが大きなアレンジを届けに行く。店の人はどんな顔をするのだろう。想像したらおかしくなって、思わずクスクスと笑ってしまった。
「いやぁねぇ。あんた何想像してんだか。さぁ、何がご入り用?」
少し心の中を見透かされた気がしてバツが悪くなったビリーは、コホンと小さく咳払いをして居ずまいを正した。
「ピンクのガーベラとかすみ草を適当に見繕ってください」
「はい。で、用件ってなぁに」
マリアは切り花コーナーで花を選びながら聞いた。
「最近何か変わったコトありませんか」
「さぁ。警官が目につくぐらいで、特に何もないけど」
「警官に何か言われませんでしたか」
「言われてないわ。何かあったの」
「それが知りたいんです。警察は何か隠しているんです。そういう気がしてなりません」
「そう。ウチにはそういった情報は入ってきてないわよ。何か物騒なコトじゃなきゃいいんだけど」
「そうですか」
「はい。できたわよ」
「ありがとうございます。わぁ、可愛いですねぇ。花っていいですね」
「そうよ。気分が晴れやかになるもの。じゃあ、何か警察関連の情報が入ったら教えるわね」
もう一度礼を言って、ビリーは、店を出た。警官が目につく? やっぱり何かあるんだ。そしてそれを隠したがっている。ビリーは嫌な予感がした。アレックスは逆に喜ぶだろうけれど。
PAINT IT, BLACK
案の定、アレックスは喜んだ。夕飯を終えて紅茶を飲みながら、ビリーは今日の成果を話した。不謹慎極まりないこの女は、何か重大な事件が起きているかもしれないと聞いて手放しで喜んでいる。自分も参加したくてうずうずしているのだ。オール・トレード商会の荒事担当は銃も使うし、警察の敵にも味方にもなる。やはりここはロンをつつくしかないと三〇五号室に向かった。
呼び鈴を押そうとすると向こう側から開き、ロンが飛び出してきた。危うくぶつかるところだった。
「どうした、慌てて」
「どうもこうも呼び出しだよ」
「こんな夜遅くに御苦労なコトだな」
「冗談じゃねぇよ。人死にだぞ」
「これは失礼。で、どこだ」
「北はずれのフィゲロ通り」
「あんな辺鄙なところで? 珍しいな」
「あぁ。おかげで大騒ぎだ。アレックスも気をつけろよ。一応ガンマンなんだからよ」
「よく分からんが、ありがとう。じゃあ、励んできてくれ」
「言われんでも。じゃあな」
慌ただしくコートを羽織りながらエレベーターへと駆けていった。フィゲロ通り? あんな民家もまばらな人気(ひとけ)の少ない所で人死にとは本当に珍しい。そういえばガンマンだからと言っていたな。例の一件か? アレックスは思案顔で部屋に戻った。
フィゲロ通りの現場は殺気立っていた。慌ただしく鑑識が証拠をさらっている。ロンは到着するなり、チェイス係長に詰め寄った。
「ツーマンセルじゃなかったのか!!」
「ツーマンセルだったのに殺られたんだ」
「クロスなんだな」
「あぁ。ツーマンセルで巡回中、一人が殺られ、一人はパニック状態だ。よほどショックだったんだろう」
「証言は?」
「一応取れた。背の高い黒ずくめの男だったそうだ。決闘を申し込まれて、受けて起(た)ったらしい。その間相棒は銃口を男に向けてたそうだが、どうしても引き金を引けなかったらしい。新人だから仕方なかったのかもしれない。これで三件目だ」
「くそっ! 昨日の今日でかよ。鑑識はなんと言っているんですか」
「四か所の銃創と十バックス硬貨に薬莢なしとしか、今のところは」
「リボルバーの四十口径か。それ以上の情報は期待できないな」
「あぁ。たぶんそうだろう。それはそうと、お前にこのヤマを任せたが、相棒をつけんとな」
チェイス係長は振り返り、一人の男を呼び寄せた。
「はい、なんでしょうか、係長」
「チャック・デービス刑事だ。今回ロンの相棒を務めさせる」
「分かりました。でもいい噂聞きませんよ、カーター刑事」
「なんて聞いてんだ」
「長生きできないって」
「かもしんねぇな。足だけは引っ張んなよ」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「これで顔合わせは済んだな。明日の朝定時に会議だ。遅れるなよ」
そう言い残すとチェイス係長は覆面パトカーに乗り込んで去っていった。鑑識も終わったらしく、帰り支度をしている。白墨で書かれた人型だけが残されていた。
鑑識のバンが去ると、通りの向かい側に私服警官に付き添われてしゃがんでいる警官が見えた。
「奴は?」