この心が声になるなら
両肩の外側に手をつき、夏芽に覆いかぶさる支倉は、少し距離を縮めながら、しかし不安そうに言った。
「あの、俺は、夏芽さんが痛かったり嫌だったり怖かったりするのは、嫌です」
「うん」
「もしそうなったら、ちゃんと言ってください。俺を、止めてくださいね。俺も気をつけるけど、お願いします」
頷いた。大丈夫だなどと言うよりも、こう言ったほうが、きっと安心して触れられるだろう。
どんなに愛しくても、想いが通じ合っても、触れ合っても、繋がっても――なればこそ、お互いの感覚は別物で、自分以外がどんな五感の中にいるかなんて、決して知りようがない。相手の心なんて、わかるはずがない。
だから、その溝を少しでも埋める為に、言葉があって、仕草があって、表情がある。そんな当たり前のことに、二十九年生きてきて、十年近くもそれを生きる糧にしてきて、夏芽はやっと気がついた。
それは、今まで自分を取り巻いていた全てが変わるほどの衝撃。
確かにそれは、かつて母親と自分の間にあるどうしようもない溝を浮き彫りにして、幼かった夏芽の世界の不安定さを顕にした。ここまで誰にも、支倉以外の誰にも、傷口を見せることさえできないまま、なにひとつ安心できるもののないところに、ずっと夏芽はいた。
けれど、信じてみたいと思った。
初めて声を聴いたときから、もう五年間もずっと、好きだったという支倉の想いを。本当の自分を見せても、情けない姿を晒してしまっても、変わらなかったと言ってくれた言葉を。
「ねえ、修吾君」
この心を、声にして伝えたかった。どうしても。
「僕は今……すごく、幸せだ」
少しでも多く、伝わればいい。ありったけの想いを込めて、夏芽は笑った。降森夏芽、という人間を知ってほしくて、笑った。
じっと見つめた。その想いを、心の裡を、少しでも感じたくて。夏芽の言葉から、表情から、何を読み取ったのかを知りたくて。
支倉の顔が、少しずつ、近づいてくる。呼吸を感じられるほどの距離まで近づいてから、片手でそっと夏芽の頬に触れて、支倉は囁いた。
――もっともっと、世界一幸せにします。その言葉と同時に、唇が重なった。
作品名:この心が声になるなら 作家名:なつきすい