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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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この心が声になるなら

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 熱と欲の篭もった、それでも、いつものように柔らかくて優しいその声を信じない理由なんてなくて、手を取った。支倉の顔に花が咲くように笑みが広がって、腕を引き上げられると同時に僅かにしゃがんで腰を支えられて、抱き締められた。
 そっと体重を大柄な支倉に預け、目を閉じる。その背中を、支倉の大きな手が安心させようとするかのように撫でた。その手から伝わる熱が、夏芽の中の欲もそっと煽る。
(キス、してくれないかな)
 少しかがんでくれているとはいえ、極端な長身の支倉と自分の間には下手な男女のカップル以上の身長の差がある。思い切り背伸びをすれば勿論届くが、足も腰も支倉に支えられてやっと立っているような有様で、そんなことはできない。少し見上げる体勢で目を閉じてみたのだけれど、意図は伝わらなかったようだった。
「どうか、しましたか?」
 無言で要望を伝えることを諦め、なんとなくぼんやりと支倉の顔を見つめていると、視線に気付いた支倉が、夏芽の顔を覗き込んだ。
「あ、」
 言おうとして、躊躇った。なんて言えば良いのだろう。キスして、とねだるのも、なんとなく抵抗がある。そのなんとなくの理由は年齢のことだったり、自分も男であるという認識のせいだったりするのだろう。触れ合いたい、抱かれたいとは思っても、女の子のように、壊れ物のように扱われたいわけではない。年下にするように、甘やかされたいわけではない。
「なにか、あるんでしょ」
 唇が動きかけて止まったのを見た支倉が、じっと見つめてきて、大好きな顔であるのに、居心地の悪い思いがわずかにした。
「ね、言ってください。あなたの声で」
 そっと唇を耳元に寄せ、厚みのある柔らかな声で囁かれると、身体の髄に直接響くかのよう感じられた。
 その声は、ずるいよ。心の中で夏芽は呟く。この世にふたつとない、支倉の、声。仕事で甘い言葉を囁くときのような、意図した特別な良い声を出しているわけではない。だけど、そんな声が、ひどく甘くて優しくて、なのに脳の一番奥底まで直接届くようで、その言葉を疑うことも抗うこともできない。妙な薬でも飲まされたみたいに。
 今、夏芽の声を止めているものは今までのような恐怖ではなくて、戸惑いと、少しの羞恥。けれど、きっと答えるまで、支倉はいつまでも待つのだろう。
 だから、素直に欲求を、ありのままのかたちで口にした。
「…………………………キス、したい」
 長い長い躊躇いの後に、今にも消えてしまいそうな声で囁けば、
「……はい」
 優しい返事と共に、望むものはあっけないほど簡単に与えられた。
 支倉が少し首を傾ければ、息を感じられるほどまでに距離が詰まる。夏芽も首を伸ばし、そっと唇が触れ合った。自分が普段使っているものとは違う歯磨き粉の匂いがした。初めて触れたそれは、彼の声と同じように、柔らかくて、夏芽のそれよりも厚い。ただ触れるだけのそれが離れるまで、ほんの数秒。
 途端に喪失感を感じて腕を伸ばし、彼の頭を捕らえた。一瞬驚いたように目を見張る彼の唇にもう一度口付け、最初のキスよりも密着させてみる。
(修吾君の、息の匂いがする)
 それは、この距離まで近づかなければわからないもの。キスができる、抱き締めあえる相手だけが知りえるもの。もっと知りたい。味わいたい。その思いのまま、そっと舌を出して支倉の唇を舐めた。びくりとその腕が震えた後、彼の唇も薄く開いて、舌が触れ合った。最初は感触を確かめるように。肌とは違う、舌特有の僅かにざらついた感触に、興味が満たされる満足と、ぞくぞくとした快感との両方が同時に走った。
 もっと欲しい。知りたい。自分だけが知る権利を得られた、大好きな人のすべてを。舌を伸ばし、触れ合わせる面積を広げると、もう止まれない。舌を擦り付けあうような動きに夢中になっていると不意にそれを絡めとられて、唇の僅かな隙間から、悲鳴に似た音が零れた。五感の範囲が、狭められていく。支倉の舌と唾液の味、息遣いの濡れた音と匂い、彼の体温、同じように夏芽の舌を味わう熱にまみれた表情。夏芽の五感はすべて、支倉で埋め尽くされていく。
「ふぁ………んんっ……」
 堪えきれない声が漏れる。同時に、支倉の荒い呼吸も耳をついた。息苦しくて思わず絡み合った舌を解いて唇をより開くと、そこから勢い良く舌が入り込んできた。
 再び舌を味わい尽くされ、次に歯列をなぞるように、支倉の分厚い舌が動く。たまらずに隙間を広げれば、割り入ってきたそれが夏芽の上あごをずるりと舐めあげた。自分ですら知らなかった弱いところに触れられて、体がびくりと跳ねる。唇がすっと離れた。
「しゅ、しゅうごくん、僕、もう……っ」
 もう、なんなのか。それすらわからないぐらい体も心もとろとろに蕩かされていて、縋りつくのが精一杯。その拍子に、知らず昂ぶっていた下腹部を支倉の足に擦り付けてしまい、予期せず走った直接的な快感に、夏芽の体は甲高い悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「ごめん、ごめんね、でも、もう……」
 性器を押し付けてしまったことに謝罪をするだけの理性はなんとか残っていたものの、続く言葉は出てこなくて、またさっきと同じ言葉を繰り返した。
 顔を上げると、支倉の顔がどんどん近づいてきて、屈もうとしているのだと認識した時には抱き上げられていた。痩せているとはいえ小柄でも華奢でもない夏芽の体を、支倉は軽々と持ち上げる。所謂お姫様抱っこの体勢に動揺するよりも先、ほんの数秒で夏芽の体はそっとベッドの上に横たえられた。シャツに大きな手がかかり、上から順にボタンが外されていく。
「あ……」
 いよいよ、抱かれるのだろうか。どこかとろんとした意識の中で、夏芽はぼんやりと考えた。ボタンが外され、前を肌蹴られると、まだ温かいとは言えない四月の部屋の空気が妙に冷たく感じられた。支倉の喉仏が上下するのが目に入る。きっとそれは、生唾を飲み込んだ動き。
 こんな綺麗でもなんでもない、柔らかくもなければ筋肉質でもないこんな身体に、興奮してくれているのだということ。呼吸も荒く、熱い。
 けれど、それ以上、支倉は手を進めては来なかった。ぼんやりと見上げていると、困ったように手と視線をうろうろと彷徨わせる支倉の様子が目に入った。
「あ、あの」
 なに、と少しぼんやりとした声で返す。声にも力が入りきらなかった。
「い、いですか、本当に。その……あなたを、抱いても」
 どうしていいかわからないのは自分だけではないのだ。妙に落ち着きのない支倉の仕草を見ながら、夏芽は温かなものが胸に満ちるのを感じた。触りたい、だけど、怖がられたり傷つけたくはない。だからひとつひとつの手順で、夏芽の許可を待つ。或いは、望まれるのを待つ。
 それが可愛いとは思ったけれど、やっぱり言葉数の多くはない自分にとってはもどかしくもあるし、彼がどういう風に触れてくるかを知りたくて。
「うん。きみが、したいやり方で、して」
 そう、口にした。右手を伸ばして、支倉のシャツの裾をそっと掴む。
「きみが触りたいように触って。僕も、そうしたい」
 触れたい。違う色の肌に、しっかりと筋肉のついた、自分のものじゃない、好きな人の体に。