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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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この心が声になるなら

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 その言葉に、一瞬支倉の顔がぱっと輝いた後、すぐに不安そうなそれに変わる。すぐに言葉を継いだ。自分の言葉で、誰かが悲しい顔をしたりするのは怖い。それは今でも変わらない。
 けれど、自分の言葉で、大好きな人に笑ってもらうことができるなら。
「だから、優しくしたら僕がきみを好きになるかもって思って優しくしてくれたんだとしても、こんな僕を見てもがっかりしないで、僕に好かれたいって思ってくれたんだよね。かっこよくない、しっかりしてない、きみに優しくもできない、ろくにしゃべることもできない僕を見ても好きなままでいてくれたんなら、きみは僕の好きな、支倉君だ」
 空っぽの自分を救ってくれた、たったひとりの大切なきみ。
「大好きだよ」
 そう告げる声が掠れて、違和感を覚えた。たった今まで、話すことができていたのに。演技じゃない、本当の心で。
 視界がぼやけて、その中に映る支倉が慌てたことがうっすら見えた。なんで、泣くんですか、そう焦りの含まれた声で言われて、涙を零していたことに気付いた。
 泣いてる。涙なんて、演技以外で零したことがなかった。それは、この声と同様に。
「よかった、あのときに一緒にいたのが俺で」
 支倉の腕の力が強くなった。その体温がもっと欲しくて、夏芽も背中に回した腕にぎゅっと力をこめる。
「僕も、……あの時きみに声をかけたのが僕で、よかった」
 他の誰でもない自分の声で、涙に掠れた声で、そう告げた。
 なくしたものが、どんどん戻ってきているのを感じた。違う。それは失ってなんかいなくて、自分の中にずっとあったはずのもの。その蓋を壊そうと思えたのは――
「……なんだ、ちゃんと言えるんじゃないか、お前」
 ナナイの声に、ふたりしてはっとなった。先程まで立っていたはずの位置から動かずに、長い手足を組んで、にやにやとふたりを眺めている。
 途端、支倉の顔が一気に真っ赤になった。本気でナナイの存在を忘れていたようで、途端に言葉がしどろもどろになる。その様子をナナイは面白そうに笑って、見ていた。
「あっははは、やっぱりシュウゴは面白いね。あーあ、手に入れられなかったの、勿体無いなぁ。ナツメに負けちゃったか。約束だ、ボクは大人しく元の世界に帰るよ」
 あまりにもあっけらかんとしたその笑みに、夏芽は何を言うべきかわからなかった。しかし次の言葉に、大きく首を捻った。
「ま、もしナツメが本気になったら、勝てるわけなかったんだけどね」
「え?」
「というかお前が本気出さないでずっといじいじしてたとしても、それでも確率はゼロじゃないって程度のものだと思ってた。お前が心を決めてシュウゴに告白するかどうかは、正直九割方ないような気がしてたけどね。やっぱり未来はわからないな。やるじゃないか、ナツメ」
 その言葉が妙に優しくて、夏芽はただぽかんと、ナナイの完璧に整った顔を見た。
「だって、ボクはお前たちが誰なのかを知るより先に知ってたんだよ。シュウゴが、誰を好きかを。覚えてないのか、ナツメ?」
 夏芽は記憶を必死で辿って、しかし心当たりはなかった。
「……お前ねえ。ボクがお前のベッドの端っこで寝てたときに、聞いただろ。シュウゴが好きなのは、誰なのかって」
 はっとその記憶が蘇る。あの朝、たったひとりだと思っていたベッドの上で、台詞のようにして声にした問い。支倉が戸惑ったような赤い顔で、夏芽を見る。
「降森さん、そんなこと、」
「い、言った。確かに。でも、あの時はナナイがいるのにも気付いてなかったし、ひとりごとのつもりだったんだ。……それに、どうして今まで黙ってたの。人間に聞かれた問いの答えは、全部教えなきゃならないルールだろう」
 前半は、自分の声で話し始めてから変わらないややたどたどしい口調だったというのに、後半の言葉が妙にすらすらと話せたのが、こんな状況だというのにやけに面白かった。やはりまだ自分の心を話すのは難しくて、決まりきった台詞のようなもののほうがすんなりと出てくる。
 ナナイは唇の片端だけを吊り上げて笑い、だって催促されてないしとしれっと言ってのけた。
「あの後お前に答えを要求されたら言わなきゃなんなかったけど、気付いてないみたいだったからね。今ネタばらししたわけだからルール上は問題なしだ。ていうかあの時あの問いをしていなかったとしても、お前がボクにシュウゴが好きなのは誰なのかを聞けば、すぐお前はぐだぐだあーあこーだの過程を全部すっ飛ばしてハッピーエンドに辿りつけたんだよ。どうせ諦めたいけど諦められないとかうだうだしてたんなら、そうすればよかったのに。ボクが本当にボクだってことを、お前はちゃんとわかってたんだからさ」
 確かにその通りで、ただただ、怖かっただけだ。本当のことを知るのが。無理だろうと思っていたというのは間違いなくて、まさか支倉が自分のことを好きだなんて予想もしていなかった。人の顔色をじっと見続けてきたからその思いにはそれなりに聡いつもりでいたけれど、そんなことはなかったようだ。或いは、本当の自分を知ってしまっている人が自分を好きでいてくれるわけがない、と思っていたせいかもしれない。
 けれどそれでも諦めきれなくて、どうしようもなく膠着した自分を動かしてくれたのは。
「……もしかして、ナナイは僕を焚きつけようと思って、あんなこと言ったの?」
 ナナイは目を閉じて、仰々しく腕を広げてみせた。
「ま、ね。どう、優しいだろ、ボク。……ま、お前が本当にいらないんだったら、もらっちゃおうと思ったのも確かだけどね。シュウゴが予想がつかなくて面白くてかわいいと思ったのは、ホントのことだし」
「どうして?」
 そう、問うと、ナナイは笑みを崩さないまま、こう言った。
「ずるいな、お前は人間で、ボクは全知の代行者なのに」
 『どうして』としか、言っていない。内容を特定しきれない曖昧な質問や、答えがひとつに決まらないものは、全知の力では答えを得られない。勿論、そんなことナナイもわかりきっているし、夏芽だって、知っている。
「もしナナイが答えてくれるなら、教えてほしい」
 代行者としてじゃなく、ナナイ本人として。
 ややあって、少しだけ、ほんの少しだけ、照れくさそうな表情を見せて、ナナイは答えた。
「……ボクは、ボクの声が好きなんだよ」
 照れたように、それでも、その視線は確かに夏芽へと向けられていた。
「この喉を潰してさっさと代行者なんか辞めてやろうって、何度考えても実行できない程度にはね。そして、この声をくれたのはお前だ。理由なんて、それだけだよ」
 そう言うと、ふっと、ナナイは視線を逸らした。
 この声。別の人間として話しているうちに忘れかけていたけれど、そう、ナナイの声は元々夏芽が発したものだった。そしてこの声を彼として発した日に、夏芽と支倉は出会った。
「ありがとう」
「なにが」
「……全部。僕と支倉君を出会わせてくれたことも、きっかけをくれたことも。役者として、きみを演じさせてくれたことも」