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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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この心が声になるなら

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 支倉は、大きな目を更に見開いて、夏芽を見つめていた。
「好きって、俺が、好きって、どういう好きですか……?」
 すっと、心のどこかに冷たいものが浴びせられたように、冷静さを取り戻した。
 自分はたまたま、男女関係なく愛せる人間だ。だから誰に愛を告げられたとしても、なにか酷く歪んだ方法で愛されたりでもしない限り、そのこと自体に嫌悪感を持つことはない。もし支倉が、女性として生まれてきていたとしても、その内面と共に重ねてきた思い出がそのまま今と同じかたちであったなら、きっと恋をしていたし、今までと同じ理由で想いを告げられずに溜め込んでしまうところまで同じだっただろう。支倉が支倉だったから、愛しいのだ。
 だけど、支倉も同じとは限らない。むしろそうでない可能性のほうが高い。もしそうであればナナイも同じ理由で振られるわけだから少なくとも忘れられることはないけれど、そうなったとき、これまでずっと夏芽を支えてきてくれた彼との関係性が壊れてしまうのは怖かった。
 ナナイが笑う。にやにやと唇の端を吊り上げて、チェシャ猫の笑みで。その笑みの意味はわからない。ただ茶々を入れてくるわけでもなく、夏芽がどうするのかを待っている。次の言葉がなかなか出てこなくても、支倉も、ナナイも。
「……全部で、好きだよ。でも、今言ったのは、……恋愛の、好きだ」
 後輩としての支倉も好きだ。年齢差があっても、友達としての彼も好きだ。一人っ子の自分にとってはかわいい弟のように思うこともある。同業者として、切磋琢磨していく間柄として好ましいライバルでもある。でも、今このとき伝えなきゃいけないのはそれじゃない。
「ごめんね。気持ち悪い、かな。でも、それでも僕は、きみが、好きだよ。どうしても、好きなんだ……」
「降森さん」
 拒絶の言葉を、聞くのが怖い。知らず知らず、顔を伏せてしまっていたことに気がついた。
「僕は、男だし、きみみたいにかっこよくないしナナイみたいに美人じゃないし、情けないしこんなだけど、でも、でも」
「降森さん!」
 耳に入ったのは、足音が三歩分、それから布が擦れる音。
「俺の、大好きな人のこと、あんまり悪く思わないでください。悲しくなっちゃいますから」
 その声の距離が近くて、――耳元で言われていたことに気がついて、思わず顔を上げようとして、視界が真っ暗だった。洗剤と汗の匂いがする。包み込まれた背中が、温かくて、少しだけ苦しい。
 抱き締められている。聴覚、視覚、嗅覚、触覚、すべての感覚がそうだと知らせているのに、理解するのに時間がかかった。五感と思考が繋がらない。五感で処理した現状を、思考が認めない。そんなわけない、そんなことが起こるはずがない、と。
「俺は、降森さんが好きです。ずっとずっと前から、あなたのことが大好きです。初めて会った日から、ずっとです」
 とうとう、耳がおかしくなったかと思った。そんな言葉が、聞こえるはずがないと。
「一目惚れだったんです。初めて降森さんの声を聞いたときだから、一耳惚れ……?」
 初めて会った日。あのSeven Godsの収録の日から、ずっと。聞き間違いに違いない、そう思って、支倉の腕が頭から肩に回って自由になった首を上に上げたら、そこにあったのは、嬉しそうな、泣き出しそうな、――とろけるような目でこちらを見下ろす支倉の顔で。
「…………っ」
 こんな甘い表情、芝居ですら見たことない。心臓が全力疾走しているみたいに速い。
「ね、降森さん。同じなんですよね。あなたと俺の『好き』は、同じなんですよね」
「……でも、きみは僕をお母さんみたいなもんだって」
 そう言うと支倉は苦笑いを浮かべて、だって降森さん気付いてくれないんだもん、と言った。
「何回も何回も好きだって言っても、どんだけアピールしても、気づいてくれなかったじゃないですか。だから、降森さんは男はそういう対象として見ない人で、俺がただ後輩としてあなたに懐いているだけって思ってるんだなって思って、それならせめて、一番仲良しの後輩になりたかったんですよ。恋人にはなれなくても、降森さんが暇なときに一緒にいたいと思ってもらえる奴でいたかったんです。あなたといると、ほっとして、幸せな気持ちになれて、かわいがってもらえるのが嬉しくて、ご飯作ってくれるのも、それを一緒に食べるのも、美味しいって言ったら喜んでくれる顔を見るのも好きで、ほんとに優しくて、嬉しい気持ちでいっぱいになれるんです。突撃してふられて一緒にいられなくなるぐらいなら、後輩でも友達でもいいから、降森さんと一緒にいたかったんです。でもせめて、俺が降森さんをすごく大事に思ってて、特別な人だってことぐらいは伝えたかったんです」
 あまりに幸せそうなその笑顔に、言葉が出てこない。二年前のあの日とは違う。演技ができていないからじゃない。声を出すのが怖いからじゃない。感情が溢れ過ぎて、言葉にならない。
「でもね、お母さんみたいっていうのも、全然違うわけじゃないんですよ。あなたが助けてくれて、好きになって、降森さんを信じることができたから、他の人を信じることもできました。文句ばっかり言ったりなんかしないで、できることはやってみようって思えました。あなたがいなかったらきっと、俺は本当にただのろくでなしで、俺が大っ嫌いなままでした。変われたのは、あなたに会えたからです。降森さんはほんとに凄い人だよ。あなたがいてくれたから、俺はこんなに自分が好きで幸せでいれるんだってわかってほしい、……降森さんにとって、俺もそんな風になれたら、なにか、降森さんに喜んでもらえたらって思ってた」
 空っぽの心に、支倉の言葉が降り積もって、満たされていく。それは二年前のあの日、初めて知ったそれと同じ感覚で、だけどあの時よりもずっと、熱いなにか。
「あの時降森さんが俺を助けてくれたのに、どうして俺は役に立てないんだろって、それがずっと悔しかったんです。笑ってほしい、喜ばせたい。嬉しい顔はずっと見ていたいし、悲しかったり寂しかったりするなら、助けたい。だけどあなたは絶対弱いところを表に出してくれなかったから、……あなたが酔っ払って話せなくなったとき、ちょっとだけ嬉しかったんです。たまたまあの時一緒にいたのが俺だったからだけど、誰も知らないあなたを俺だけが知ってるって、嬉しかったんです。ここでもし役に立てたら、俺も降森さんの特別になれるんじゃないかって、考えちゃいました。あなたは、俺が優しい奴だと思って好きだと言ってくれてるかもしれないけど、あなた以外の誰にでもそうできるかはわかりません。それぐらい、好きです」
 幻滅しました? と尋ねる支倉に、夏芽は首を横に振った。確かに彼の期待通りではあった。
 本当に偶然に、見せるつもりのなかった姿を晒してしまった。たまたまその時一緒にいたのが彼だった。そして本当の姿を見せても離れずいてくれた、受け入れてくれた彼を、夏芽は愛してしまった。
「……僕はすごく、うれしかったんだよ」
「え?」
「そのとき。僕は……初めて、こんな僕でもいいんだって言ってもらえたのが、うれしくて……それで、好きになったんだ」