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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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この心が声になるなら

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 これで諦めてくれ。ひどく情けなかったけれど、そう思うのを止められなかった。けれど。
「ねえナツメ、お前、代行者ってどうやったらやめられるか、知ってるか?」
 思いがけない問いに、反応できずにいると、知らないんだ、そうなんだ、とナナイは呟く。それは、主人公のシュトルとリーネが追い求めるものだ。つまりは物語の核心であるわけで、未だ作中で明らかにされてはいないし、トウヤに教えてもらってもいない。
 ただ、ナナイは知っている。そのことは、夏芽も知っていた。シュトル達がナナイに出会ったのは、全知の代行者たる彼にそれを聞くためであり、人間に問われたことはすべて答えなければならない彼は、しかしシュトルとリーネが代行者であって最早人間ではないことを理由に答えずに、彼らをからかうように笑って去ってしまったのだ。
「思い出してみなよ。少なくともアニメとやらを見る限り、ボクとシュトルとリーネが代行者になったときのことは、お前も知ってるんだろう? ま、先代が完全に死んだ後で、儀式で神を降ろされたリーネは例外なんだけど、ボクとシュトルだ。ボクが代行者になったのは、目の前で先代の代行者が喉を掻っ切られて死んだときだ。シュトルの時は、先代の代行者があいつらを庇って腕を切り落とされて、死んでいるよね」
「……つまりは、先代が死ぬ場に居合わせればいいのか?」
「違うね。ただ、シュトルとリーネはそうだと思いこんでるし、実際にリーネの場合は代行者を辞めるには多分死ななきゃなんないと思う。ただ、厳密にはそれは条件じゃない」
 作中で代行者になる経緯が具体的に描写された三人は、いずれも前任者の死を伴っていた。そしてリーネの場合は、多分死ななければならないが、厳密にはそれは条件ではないという。
 ふと、頭に数日前にテレビで見たニュースが過った。それはナナイが現実に現れるというこの状況とも、支倉とのことにも、Seven Godsの展開にもまったく関係ない、ごく普通の、日本の社会ニュースだ。日本で移植を受けられなかった小さな子どもが、募金で一億五千万円を集め、アメリカで移植手術を待つとか、そんなような。
「……能力の鍵の喪失?」
「おっ」
 ナナイの口元が少し上がったように見えた。多分、正解だ。
「シュトルときみは、前任者が死ぬところに居合わせている。そして、ふたりとも、完全に命を落とすより前に、それぞれ鍵となる部位を切られて失っている。シュトルの前任の終焉の代行者は右腕を斬られて、先代の全知の代行者は喉を刺されて声を。どちらも大怪我だったからたまたま二人とも死ぬことにはなったけれど、代行者をやめるにはそこで別に死ぬ必要はなくて、鍵となる部位が代行者から失われることが条件なんじゃないか? だとすれば、リーネだけは死なないと代行者をやめられないというのもわかる。リーネのそれは、心臓だから」
 普通に考えて、心臓を取ったら死んでしまう。だからリーネは死なない限りやめられないけれど、厳密に彼女の死そのものが要求されているわけではない。
「今のこの世界の医学だと、不可能じゃないけれどね」
 そう言うと、ナナイは珍しくきょとんとした顔をした。
「他人と心臓を取りかえることは可能なんだよ。たとえば頭に大怪我をしてもう助からない人の健康な心臓を、心臓病の人のと取り換えることで、病気を治すような方法があるんだ」
「……本当にこの世界にはボクらの予想もつかないぐらい、凄い技術があるんだな」
 心の底から感嘆したように、ナナイは呟いた。自分の知らなかったことを、いつもの方法以外で知ることが彼にとって大きな喜びであることを、夏芽はよく知っている。この表情は嘘ではないだろう。
「だとすれば、気の毒な誰かと心臓を交換してしまえば、リーネが死ぬ必要はないのか。すごい世の中だねえ」
 そして、気付けばナナイの表情から、その素直な驚きは消失していた。そこあったのは、愉しむような、肉食の獣の笑み。
「正解だよ、ナツメ。まずは現在の代行者の鍵を壊して繋がりを破棄する。元の鍵を壊すのは、それ以外に繋がりを破棄する方法がないし、誰も契約していない状態じゃないと鍵を新しく契約できないからだ。そして、新しい誰かが神と契約する。このとき、元の代行者が生きているのであれば、その引継ぎの承認が必要だ。前の代行者が次の誰かの鍵の部位に触れて契約を移動させる。これで、前の代行者は普通の人間に戻れる」
「元の鍵の契約を破棄しないままに新しい人に引き継ぐことは?」
「できないわけじゃないけど、少なくともそれでシュトルやリーネは救えない。リーネの心臓をそのままに別の誰かが代行者になったら、リーネは普通の人間として暮らせるけれど、次の代行者が能力を使うために血液を狙ってあの子を追っかけ続けるだろう。下手すると捕まえられて監禁されるかもしれない。これは、歴代の代行者の中にしか知っている人はいないし、代行者だって知らないまま終わる奴も多い。もしそんなことが広く知れてしまったら、特に命の神の代行者、というか契約した心臓の持ち主は今以上に使い捨てにされてしまうからね」
 知られていない今でさえ、リーネのような孤児が代行者の役目を押し付けられて、命を削らされているのだ。これが心臓だけ契約をそのままに他の誰かが自由に力を使えるなどということになったら。貧しい国の子どもたちが騙されて先進国の金持ちに臓器を売らされるのにも似た境遇に、夏芽はぞっとするものをおぼえる。
「ついでにもしその状態でリーネが死んだとしたら、その時に代行者になってた奴の心臓が次の鍵になる。そうなる前にまた誰かに代行者を押しつけて、リーネが死んで契約が移ってからまた自分が代行者になる。これで自分の命を削らないで、命の神の能力を使い続けられる。もっとも、代行者には変わりないわけだから、人間じゃなくなって人間だったころの存在が忘れられて、年を取らなくなって、ひとところに留まれないって制限は代わらないけどね」
 そして少し考えてから、言葉を続けた。
「シュトルもそうだね。あいつが自分の右腕を捨てない限り、愛しのリーネには触れられないままだ。どっかに腰を落ち着けてのんびり過ごすことはできてもね。で、ボクの場合は、別の誰かに契約を引き継いでも、相手はほとんど得をしない。ボクの声で問わなければ答えは得られないからね。たったひとつの、例外を除いては」
 いつの間にか、ひたひたと近寄ってきたナナイの手が、思いのほか近くにあって、夏芽は息を呑んだ。褐色の長い指が、夏芽の喉仏に触れた。その指が人間とは思えないほど冷たくて、ぞくりとした感覚が走る。
「…………っ」
 つ、と喉のかたちを確かめるように喉仏から喉元へと指を這わされ、びくりと身体が震える。
「お前の声とボクの声は、同じだ。ボクはいつも通りに声が出ているけれど、お前の声でも全知の力は使える。つまり、ボクからお前に代行者を引き継げば、ボクはこの声を失わないままに、代行者をやめることができて、お前もこの力を使える。ボクの問いでお前に答えが突然降ってくるって弊害はあるけど、ま、あいつらのことと比べれば大した問題じゃないよね」