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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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この心が声になるなら

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 だからこそ、怖かった。思い込みが激しく早とちりが極端に多いとはいえこれだけの観察力だ。彼女の見立てが当たっていたら、と思うと、気分がどんよりと沈んでいく。けれど、心なしか暗くなっていった気がした夏芽の視界で、湯上は首を振った。
「うーん、くらしーがM嬢のファンだってだけに、逆にないかなって俺は思うね」
 その言葉に、ぱっと世界が明るくなったような気がして、自分の単純さにあきれ返る。なんでですか、と尋ねる優衣に、湯上はニヤッと笑って答えた。
「だってM嬢、自分に関心がある人のこと、多分どうでもいいもん。ミーハーファンの代表格みたいなくらしーなんて、一番彼氏にしたくないタイプだよきっと」
「自分に関心のある人を嫌いになる人なんて、いるんですか」
 優衣は首を大きく傾げた。
「だって、あたしたちなんて誰も関心持ってくれなかったら、お仕事なくなっちゃいますよ」
「や、ファンを大事にしてないとかそういう意味じゃないから勘違いするなよ。ていうかそんな子だったらこんなに人気出てないって。絶対ばれるもん、そんなん。そうじゃなくて、友達とか恋人として付き合うっていう状況な。シミュレーションしてみ、うら若き二十代共。小さい頃からずっと見られ続けてきて、注目されるのが当たり前で、みんなにお姫様扱いされてきて、……さて、そんなお前は自分に集まってくるそういう連中をどう思っている?」
 夏芽は考えたけれど、いまいち実感は持てない。今の自分が声優として置かれた状況がそれに近いのはわかっていても、実際にその人の顔が見えないせいか、実感できてはいない。そもそも、人気声優として持ち上げられる降森ナツメが自分だとは思えない。それでも、答えはなんとなくわかった。優衣は暫く押し黙って目を伏せた後、こう答えた。
「嬉しいは嬉しいですね。嫌われて嫌がらせされたりするのよりは全然全然嬉しいし、きっとM氏もそうだと思いますけど……でもきっと、『ああまたか』って心のどっかで思っちゃう気がします。特に印象には残りませんよね。だってそれが普通なんだから」
 我が意を得たり、とばかりに湯上はかすかに笑った。その顔はいつもの悪戯やしょうもない下ネタを連発しているときとは打って変わって、間違いなく十も上の先輩にしか見えなかった。こういうところがあるから、彼への敬意は消えないわけで、それはきっと自分以上に彼を慕っている優衣にしても同じだろう。
「そ、誰かに関心を持たれて嬉しいのは、普通の人にとって世間のほとんどの人は自分に関心がないからさ。M嬢の世界は物心つくかつかないかの頃からその比率が狂ってる。だからいくらイケメンでも将来有望でもいい奴でも、くらしーはお姫様にとっては十把一絡げにしかなれないだろうね。だってあいつのリアクション、ほんとに普通のただのファンだもん」
 確かに言われてみれば、彼のみなみに対する行動や言動は、優衣が夏芽に対して時折ナナイの名台詞を要求するのと同レベルか、それ以上にただのオタク的だ。新譜が出るたびに一番いい特典がつく店舗で限定版をわざわざ買いに行き、同じ事務所なのにと夏芽が言えば、「お前如き下っ端にくれてやる商品はない、せいぜい事務所の経営に貢献しろ」と、社内の偉い人に言われたのだと嘆いていたっけ。
「なんだ、もしあの二人が付き合ってるとかだったら、M氏がナツメさんに冷たい理由も解決すると思ったのに。くらしーさんナツメさんと仲良いから、やきもち焼いたとか」
 つまらなさそうに、優衣は上体を思い切り背凭れに預けて天井を見上げた。
 どこかほっとした。とはいえ、完全に夏芽の心のもやもやが晴れたわけではない。どの道、彼が自分を好きになる訳がないのだし。
「じゃあ逆に、M氏のハートをゲットできちゃうような人って、どんな人なのかな」
 優衣が平成生まれとは思えないようなことを口にしながら小首を傾げる。少し考えてから、昭和生まれの湯上が言った。
「んー……M嬢のほうから追いかけたくなるようなタイプじゃね? なんかこう、捉えどころがないような、正体が見破れないような、ナッちゃんみたいな奴、とか」
「え?」
 思いがけない言葉に、夏芽は僅かに伏せていた顔を上げた。湯上のにやけ顔が目に入る。
「……あ、じゃあ冷たい態度は実はただのツンデレとか!」
 優衣の目がきらきらと輝いた。夏芽は首を振り、視線を真正面の湯上へと向ける。
「蒸し返さないでくださいよ、結構ショックなんですから」
 ほんの少し嫌がるそぶりを見せれば、それ以上はきっと続けてこない人だと知っている。
 ちょうどそのタイミングで優衣の携帯のアラームが鳴った。何かに夢中になるとしばしば時間を忘れてしまう彼女は、なにをするにしても必ずアラームを設定している。次の仕事は全員ばらばらだ。会話はそこで打ち切られ、会計を済ませて店を出たところで別れた。
 次の仕事はどこだったかを確認しようと携帯を取り出すと、メールが一通届いていた。開けばクレジットカード会社からで、昨日の使用速報だった。
(結構盛大に使ってるなー……)
 細々とした使用額を全部合計したら、軽く五桁を超えた。ほとんどがタクシー代だろう。
(浅草に行った、って言ってたっけ)
 ナナイが現れた最初の日の夜に、服と帽子とサングラス――要は普通に外を出歩ける格好を一式揃えてあげた。五日間しかいられないと言うが、その間夏芽はずっと仕事がある。かといって、ずっと家で留守番というのも可哀想な気がして、出かける時には台所の火を止めること、髪の毛を決して人前で晒さないこと、夜七時までには帰宅することを条件に外出も許可した。携帯電話はプリペイド式のものを調達したし、現金は一応何が起きても対応できるように三万円ほど持たせたが、基本的には全部の支払いをクレジットカードで行うように指示した。使用方法と夏芽のサイン、使用可能な店の見分け方はできる限り丁寧に説明した。神妙な顔で聞いていたナナイは、「本当にこの世界って随分と便利なんだね」と素直に目を見張る。暗証番号の扱い方については教えたが、敢えて番号それそのものは教えなかった。まだ信じてないの、疑り深いねぇ、ナナイはそう言って笑い、暗証番号を言い当てて見せた。誰にも教えたことなどないその番号は幼い頃に死んだ愛犬の命日で、夏芽以外の誰も知るはずのないものだった。
 昨日ナナイは浅草観光を存分に楽しんだようで、明らかに日本、というかこの世界に不慣れな様子も、外国人観光客の多い場所では特に目立つものではなかったらしい。彼は随分と写真が気に入ったらしく、土産屋でポストカードを大量に買い込んでいた。また、一日タクシーを乗り回し、車にも大層驚いていた様子だったので、他の乗り物にも乗せてやろうとSuicaを持たせている。何処へ行くのかは聞いていないが、昨日の様子を考えれば大丈夫だろう。
 彼が現れて、もう三日。あと二日で、彼はあるべき世界へと還るはずだ。あと二日で、この世界に留まる条件を満たせるはずが、ない。そうすればすべては元通りのはずだ。
 けれど、どこか心にかかったままの靄は晴れないまま、夏芽は次の仕事へと向かった。

 夏芽の携帯が鳴ったのは、自宅マンションの玄関ホールをくぐったその時だった。