小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

この心が声になるなら

INDEX|21ページ/53ページ|

次のページ前のページ
 

「今、ここに……あの子たちが、確かにいたんです。あ、ちょっと……違う、スタジオにいるんだってことを、お二人が演じてくれている間、忘れてたんです。家が、学校が、街が、公園が、私の頭の中にだけあった世界が、こんな風に現れるなんて、……こんなすごいことが、あるなんて、想像もしていませんでした。そうやってあの世界を表現してもらって、わかったんです。作家のお仕事って、新しい世界を作ることなんだって。だから……ありがとうって、お礼を言いたかったんです。私の、大切なあの子たちに声をくれて、あの世界を表現してくれて、ありがとうございます……っ」
 震えた声はとうとう決壊して、彼女は泣き崩れた。慌てて担当編集が彼女の手を引き、廊下に連れ出していく。支倉はその姿を茫然と見送っていた。やがてスタジオの重たいドアが閉まる音がして、みずかの泣き声が聞こえなくなった頃、監督から再開の指示が出され、それを合図にまた夏芽は自分の体と声をみずかの大切な「あの子」に明け渡した。

 おまけのフリートークも録り終わり、収録がすべて終了した後。みずかはまたも号泣したままふたりに何度も何度もお礼を言い、担当編集に手を引きずられるようにして帰っていった。
「……俺、あんな言葉もらってよかったのかな」
 彼女たちを見送った後、支倉がぽつりと呟いた。
「どういうこと?」
 尋ねると少し迷ってから、「あの言葉は、降森さんひとりが受け取るべきだと思うんです」とぽつりと口にした。
「どうして?」
「海月さんは、海月さんの頭の中にあった世界を、俺たちがここに表現したって言いました。だけど、あの世界をここに作り出したのは、降森さんで、俺はそこに引っ張り込んでもらっただけのような気がしたんです」
 やっぱり降森さんはすごい。そう言う支倉に、夏芽は小さく笑った。
「何言ってんの。僕ひとりで誰かの世界を全部作るなんて、できないって。僕ときみ……というか、役者とスタッフ全員集めても、無理だけど」
 支倉はきょとんとした顔で夏芽を見つめ、原作者さんも必要ですか、と呟く。
「勿論。でもそれだけじゃないよ。僕も前に同じようなことを言われたことがあるよ。僕が演じたそのキャラを聞いて、『こいつってこういう奴だったんだって、やっとわかった』とまで言ってもらえた。でね、そいつは僕に『作家の仕事、ってこういうことなんだな』って言ってくれたけれど、僕はそれを聞いて、『役者ってそういうことか』って思った」
「そういうこと?」
 夏芽は頷いて続けた。
「僕たちは、素材なんだよ。物語の大元を作るのは、作家さん。演じるのは僕たち役者。だけどね、最後観る人、読む人、聴いてくれる人。その人それぞれの中で、それぞれの世界が生まれると思ってるよ。物語に限らない、たとえ同じものを見たって、人によって見え方や解釈は違うよね。同一のものになんかならない。受け取った人それぞれの中で、その物語は完成するんだ。僕たちの声は、その材料のひとつだと僕は思う。物語を受け取ってくれる人たちにとって、僕たちの声や演技がその世界を作る手助けになれるなら、その世界をより魅力的にする素材のひとつになれたなら、僕はそれが凄く嬉しい。海月さんがあんなに喜んでくれたのも、すごく嬉しい。……そして、あの人の言葉は、僕たちみんなで受け取っていいものだと思っている。だから、自信を持って。海月さんみたいな人が、あんなに一生懸命言ってくれた言葉だ」
 正直、羨ましかった。支倉ではない。海月みずかが。
 話すのが苦手で、基本的に他人が怖いのであろうことは、一目見ればすぐにわかる。結局最初にやってきてから帰るまで、主役ふたりはおろか、スタッフとも誰とも一度も目を合わせなかった。収録前に要望を聞いたりはしたのだけれど、それも下手をすると担当編集が話し、本人はこくこくと頷くばかりだったりした。
 だけど、そんな彼女が、泣きながら、あれだけの言葉を口にした。喋るのに向かない聞き取りにくい声で。誰にも心からの言葉だと伝わる声で。
 これだけ通る声を持ちながら、声優なんて仕事をしていながら、自分自身の言葉を口に出来ない自分が情けなかった。
「素材……」
 そんな夏芽の思いを知るはずもなく、夏芽の言葉を反芻するように、支倉が繰り返す。
「うーん、素材って言われると、俺はちょっと違うかなって思ったんですよね」
「うん。勿論これも僕個人の解釈だ。海月さんの言葉だって、僕がそういう風に受け取ったってだけだし、きみも同じように考える必要はないよ」
「だってほら、俺、降森さんの声大好きですし!」
「え?」
 いきなりの言葉に、夏芽はリアクションを取り損なった。声が好き。焦がれてやまない相手が自分に向けてくれた言葉に、心臓がどくりと高鳴る。自分とは違う意味の「好き」だと、期待してはいけないとわかってはいても。特に声質だけは自分の生まれ持ったものであるから、本心から喜んでもいいはずだ。だけどその言葉と、そこまでの会話の間の脈絡の断絶に、意味判断を司る脳のどこかが首を捻る。
「降森さんの声があるのとないのとで全然違うから、素材って言われちゃうとなんか寂しいっていうか……」
「あ、えーっと?」 
自分と支倉の間で、なんらかの取り違いが発生していることだけはわかった。だけどそれを埋める方法が、いまひとつわからない。
「いや、素材って悪い意味じゃないよ。うどんの素材は小麦粉だけど、その小麦粉の質で、うどんの出来はだいぶ変わるよね……」
 自分の例えも適切なのかどうなのかわからず、自分の言葉にすら首を捻りつつ、夏芽は返す。
「うーん」
「前にうちであきたこまちじゃないお米できりたんぽ作ったら、鍋の中でぼろぼろに崩れてほとんどおじやになっちゃったことあったよね。あれでやっぱり料理に合わせてお米の品種も考えなくちゃって思ったんだけど」
「あ、そういうことか!」
「え、今ので伝わったの?」
 我ながらわかりづらい例えだと思ったにも関わらず、支倉の目がきらきらと輝いた。
「はい。やっぱり素材って大事ですね!」
「……あ、うん」
「だって演技だって声だって見た目だって、何をどうやったってその人ですもんね。……降森さん? 何か俺変なこと言っちゃいました?」
 夏芽よりも二十センチ以上高い支倉が、軽く背を曲げて夏芽の顔を覗き込んだ。近い。どくんと心臓がひとつ高鳴って、慌てて一歩引いた。支倉の大きな目と、視線が絡んだ。
「あ、そういえば目、どうかしたんですか?」
「え?」
「ちょっと赤くなってますよ」
 どきりとした。昨夜、ナナイに心の裡を覗かれ、不覚にも涙目になってしまったせいか、あのあと上手く寝付けなかったためか。或いは、先ほどの演技のせいかもしれない。きっとそうだ。そう思って答えると、しかし支倉は首を捻った。
「や、今ほどじゃないんですけど、今日会った時からずっと赤かったんで気になってたんです。大丈夫ですか?」
「あー、うん。痛みや痒みはないよ。特に見えづらいこともないから心配しなくても大丈夫だと思ってたんだけど、目立つかな」
「うーん、さっき収録レポートの写真撮ったときに誰も何も言ってなかったからだいたいの人はわからないと思いますけど、なんか気になっちゃって」