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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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この心が声になるなら

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 夏芽が自分の思いを口にすると、母は泣いた。笑ってくれることもあったけれど、一体何が母を悲しませ、何が喜ばせるのか、なぜ母が突然泣き出してしまうのか、幼い夏芽にはわからなかった。実際母自身にもわからなくなっていたのだろうと、今となっては思う。
 お母さんは心の病気になってしまったのだと、治ったらまた一緒に暮らせると、祖父母は言った。けれど、一年半程の後に両親の元に帰った頃には、夏芽から言葉は失われていた。正確には、思いを口にしようとすると、息が詰まって声が出なくなった。自分の言葉が、大好きな母を泣かせてしまうことが、酷く怖かった。
 誰にも気づかれることはなかった。喉や声にはなんの異常もなかった。決まり切った挨拶や物事や予定の説明といった、自分の気持ちに関係のないこと、誰の気持ちも揺らがせないことならば問題なく話せた。歌を歌ったり、教科書を音読したりするのは得意なほうですらあった。朗読の上手さを担任に見込まれて、立候補もしないのに学芸会で重要な役を任されたほどだ。
 だから、誰一人気がつかなかった。ただ無口で必要最低限のことしか口にしない子どもなのだと思われていた。両親さえも気付かなかったし、むしろ彼らにとって夏芽が感情を表に出さないことは喜ばしいことだったのかもしれない。ふたりとも仕事が忙しかったし、母は他人の感情の揺れを「怖い」と表現するほどに脆く、その母に愛される父は、感情がないのではないかとすら言われるほどにいつも凪いだ状態で、どこか浮世離れした人だ。夏芽の心を受け止められる人は、いなかった。普通に話しかけたり遊んだりできたのは、愛犬ぐらいのものだった。
 自分の感情を表現することはできなかったけれど、どういうわけか物語の役柄に入り込んでその心を表すのは、人並外れて上手かった。それが自分の言葉でさえなければ、つまりは自分のせいで誰かが悲しむのでなければ、いくらでもこの口から溢れ出した。自分の演技で人が泣くのは平気だった。その人を泣かせたのは自分じゃない。物語の作者、登場人物だからだ。
 中学に上がって、小学校の学芸会を見に来ていた先生に誘われ、演劇部に入った。台本を与えられればすらすらと流れるように言葉は溢れ、その表情も、動きも、生き生きと輝きだした。部活仲間からは「別人のようだ」と言われたけれど、実際に別人だとしか自分でも思えない。大会で審査員から、ひとりだけ演技の次元が違うと絶賛された。曰く、「他の子は自分の出番のときだけ演技をしているけれど、あの子だけは舞台が始まってから終わるまで、ずっとその役として物語の中にいた」と。
 夏芽の評判は地元の演劇好きの間では広まったが、地方ゆえにスカウトと出会うこともなく普通に中学を卒業し、地元の公立高校に進学した。顧問に誘われた時点で「断る」などということが自分の思いを声にできない夏芽にできるはずもなく、演劇部に入った。在籍中、全国大会にも出場し、参加したありとあらゆる大会の演技賞を総なめにした。この時点で、自分に演技の才能があるのだということには、さすがに気付いていた。
 演技でなら、どんな言葉も言えるのに、やはり自分の思いを声にすることはできなかった。心も感情も確かにある。なのにそれを口にしようとすると、やはり喉が押しつぶされたように、声が出なくなってしまう。唇がただ動くばかりで、その思いが音になることはない。
 いっそ、すべてを演技にしてしまったらどうなるのだろう。進路選択を控えた頃、夏芽はふとそう考えた。
 日常のすべてを演技で通してしまえば、台本に書かれていないことでも、この声は出るのだろうか。自分の意見を言えて、だけど気遣いもできて、大切な人を泣かせることもない、自分のなりたい、理想の「降森ナツメ」の役柄になりきれば――
 今までの、本当の夏芽を知る人のいない場所へ行こうと決めた。同じ高校からは誰も受けない、東京の私立大学に入った。演劇も含めて文化系サークルの盛んな校風であったので、やはり夏芽の噂を知る人や全国大会で顔を合わせた人はいて、入学するなり演劇サークルの部室に強制連行はされたが、勿論彼らは舞台の上の夏芽しか知らない。
「降森君だよね? 高文連の全国大会で、北海道から来てた」
 オリエンテーションで隣に座った女の子に話しかけられた。今までの夏芽なら、「そうです」となんの感情もなく答えて、それでお終い。
 だけど、「ナツメ」ならどうする?
 自分が憧れる、こうありたいと思う男なら――
 一瞬の後、完璧にその場に相応しい爽やか過ぎない程度の笑顔で、夏芽は頷いていた。
「そうだよ。きみも、演劇やってた人?」
 思った通り、するりと声が出た。それが、始まりだった。
 その子に引きずり込まれるようにして入部した演劇サークルでも、夏芽はずっと理想の「降森ナツメ」の演技を続けた。正確には、劇で別の役柄を演じているとき以外は。
 今までの演劇部はやはり演技をしたい面々がほとんどだったが、大学の演劇サークルまで来ると演出や脚本、舞台装置や衣装についても熱意や実力のある者が集まってくる。他大学や一般の劇団との交流も盛んで、OBOGにはそのままそういった業界に進んだ人もいた。そんな環境の中で、夏芽の異常なまでの演技の才は一気に花開くこととなった。
 台本のある普通の芝居だけじゃない。日常の中、現実の世界という舞台でアドリブで演じ続けた「ナツメ」の役柄は、当たり前のものとして周囲の人々に受け入れられた。穏やかで、特別おしゃべりなほうではないけれども打てば響き朗らかで、よく気がつき、面倒見が良く世話焼き。上京してからの彼を知る人にどんな人物かと評してもらえば、だいたいこんなような答えが帰ってくるはずだ。それはずっと夏芽が憧れた姿で、演じ慣れていけばいつかはそれに近づける。そんな風に生きられるんじゃないかと考えた。
 こういうタイプを嫌う人はあまりいない。真面目でこつこつ努力するたちであったこともあり、先輩からは可愛がられ後輩からは慕われた。後輩たちに関しては、料理をしばしば振舞った餌付けの結果のような気もしないでもなかったが。
 同期と雑談ができた。それさえ夢のようだった。演技のプランを巡って討論ができた。意見の主張ができるなんて想像したこともなかった。
 それなりにはもてたし、恋人もできた。明るくて優しいから好きだなんて言われる日が来るなんて思わなかった。入部したときから気になっていた女の子だったし、断る理由もなかった。
 理想の自分を演じればいい。これでなにもかもうまくいっている。ずっとこうして生きていけばいい。そう思っていた。
 綻びに気づいたのは、その時だった。自分以外は誰一人気づくはずのないそれ。
 交際を重ねる程、彼女に対して募って行ったのは、愛しさよりも罪の意識と違和感だった。
 自分は彼女が好きだ。それは間違いなかった。彼女が笑うと嬉しかったし、その穏やかな雰囲気が安らげたし、触れたいと思った。だけど、彼女が好きなのは誰なんだろう。