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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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この心が声になるなら

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 こういう曖昧で主観的な問いの答えはない。少々いらついたのを表には出さずに、夏芽は淡々と答えた。地味でぱっとしないというのは、特徴的なパーツがないということでもあって、イベントやグラビア撮影のときなどに夏芽に当たったメイクさんに嬉しそうというか、面白いおもちゃを見つけた時の顔をされるのはいつものことだ。グラビアの求められる雰囲気やイベントでの役柄に応じてメイクや服は当然変えるが、どんな顔を描くかで、本当に別人のように顔立ちまで変わって見える。これが例えばぱっちりした大きな瞳とネコ口が印象的な優衣であれば、どんなにメイクを重ねてもその特徴が浮かび上がってしまって、なかなか違った印象になってくれない。どうやっても、むしろ何もしなくてもとびきり可愛いのだが、どんなメイクを施そうとそこにいるのは「氷川優衣」だ。それに対し、どのパーツもそれぞれの生物としての機能は果たしているもののまったく印象に残らない自分の顔が、まるでのっぺらぼうのようだと思うこともあるが、メイクさんたちの目には遊び甲斐のある自由なキャンバスに映るらしい。
「ふーん、そういうものなのか。ああ、さっき見たけど、ボクはこれなんか一番好きだね。今にもこっちに噛み付いてきそうな顔してるやつ」
「どうも」
 自分の顔が褒められているというよりも、メイクさんや衣装さんの技量が褒められているような気しかしないから、嬉しくも不快でもない。
「本当、お前じゃないみたいだ。顔だけじゃない。表情も雰囲気もね。お前が役者として凄いってのは、だいたいわかったよ。夕方テレビってものを観てたらお前が出てたし。なんとなくお前の声と似てると思ったらやっぱりそうだったよ。でもボクとは雰囲気も性格も話し方も全然違うから驚いた。ボクと同じ人間が演じてるとは思えなかった。……で、さ。話変わるけどこの本、シュウゴも載ってるんだね」
 一瞬、どきりとした。けれど、この世界でナナイが実際に会ったことがあるのは自分と支倉だけだ。興味を持っても当然だ。
「うん。共演したゲーム……お話の特集だったからね。出てる役者みんなが、それぞれ演じた役のイメージで撮ってもらったんだ」
「ふーん、じゃお前、こんな目が血走ったような雰囲気の役だったんだね。こんなのもできるのか。……この本にも、お前もシュウゴもいるね」
「支倉君、顔を出す役者をやっててもいいぐらいハンサムだからね。こういう雑誌では使いやすいと思うよ。レギュラー番組……えっと、主役じゃなくても重要な役で出てる作品がやっている最中は、大体特集を組んでもらってる。僕は地味だけど、一応主役の作品があるたびに、この手の雑誌には宣伝で出させてもらっているから」
「本当にお前、役者としてすごいんだね。こんなに地味なのに」
「…………」
 自覚はしていてもどうして今日会ったばかりの相手に、自分が演じたキャラクターに、自分の声でここまで地味だ地味だと言われ続けなければならないのか。家には置いてやり、食事の用意もしているのに。なんだかどうにも理不尽な気がしてならないが、役者としての部分はどうやら素直に賞賛されているらしいので有難く受け入れることにする。
「でもさ、この本には、お前出てないよね?」
「え?」
 ただおちょくりたかっただけかと判断して緩めかけた緊張。だからこそ、つい零れた、間抜けな声。
「お前だけ出てる本は、わりとただ綺麗に並べて奥にしまってある――あ、ちゃんと並び順も込みで元あった場所に片付けたから心配しなくていいよ。だけど手前の取りやすいところに入ってる本には、必ずしもお前が載ってるとは限らない。変だな、と思ってさ、お前が、ここの本棚に本を並べる基準を問うてみたんだ」
「……ナナイ」
「お前の基準は明確だったからね、『知ってる』よ」
――ハセクラシュウゴが載っていること。
 全身の血の気が引いた。聞いて来るな、その意味を。
「だからこっち側の本全部見せてもらったよ。シュウゴは顔綺麗だしいい声だし、性格はなかなか面白いし、天然ボケって言うんだっけ、ああいうの。予想できなくて楽しいよ」
 予想できない。それは、ナナイにとって最高の賞賛であることを、その言葉を何度も口にした夏芽は知っていた。
「随分、支倉君のことを気に入ったんだね」
「あはは、そうだね。中身も見た目も声も、すごく好きな感じだよ」
「……きみ、男好きなんだっけ?」
「ボクの判断基準が『面白いかどうか』なことぐらい、知らないわけ? 『中の人』なのに?」
 言われてみれば、確かにいつもナナイは「面白いか」どうかで人を評価していた。それは、知っている。現在に関するありとあらゆる答えを得られるが故に、彼は自分の「全知」の範疇を超えるものを好む。そして、少なくとも夏芽が知ることのできた彼の物語の範囲で、特に彼の性的志向や恋愛関係に触れるエピソードはなかった。彼はいつだって一人だったし、代行者の定めとしてひとところに留まることはできないから。
 ナナイがこの世界に残る条件は、この世界の誰かに、求められることだ。だけど彼はひとところには留まれない。それはこの世界でも有効なのだろうか? だとしたら、ナナイに支倉が取られることは、なくて済むのか?
(もし万に一つ、支倉君が男を好きになることがあったとしても、きっと支倉君は僕のことなんか選ばない)
 年も上で、見た目もぱっとしなくて、こんな情けない男のことを好きになるはずがない。それよりも若くて、美形で、性格ももっと人を惹きつけるような――ナナイのような人のほうが、どう考えても良いだろう。
「……ナツメ、お前はすぐにそんなところに思考が行くんだね」
「は」
「普通誰かが同性を高評価したとして、そんな直ぐに『その人が好き』なんていう風に考えないと思うんだよね。というか異性だってそうだと思うけど。そういう風に考えてしまうのって、だいたい自分がその相手のことを好きなときだよね」
 普段なら絶対ありえない墓穴の掘り方をしたことに、夏芽は今更気がついた。いくら顔を取り繕っても、声の震えは演技で隠せても、もう遅い。
「まぁ確かにボクは結構シュウゴのこと好きになったみたいだし、ナツメの勘が飛びきりいいってことにしておいてあげてもいいんだけど、でもまぁボクだって情報が多いにこしたことはないし。ねえ、ナツメ」
 ナナイの切れ長の目が、夏芽を捕らえてにやりと笑った。やめて、と言いたかったけれど、まるで首を絞められているみたいに、声が出なかった。
「お前、シュウゴのこと好きなんだろ?」
 ぷつり、と糸が切れたみたいに足元から崩れ落ちていくのが、人事のようにわかった。
 ナナイが問えば、現在確定しているすべての答えを得ることができる。それがたとえ人の心の中であっても。
 もしこれが「シュウゴはナツメにとってどういう存在?」のような、曖昧な問いであったならば、答えはなかっただろう。だけど、イエスかノーしかない、答えがひとつしかない問いならば、たちどころにナナイの知るところとなる。
 ナナイの口元が、獲物を捕らえた猫科の肉食獣のように吊り上ったのを見て、夏芽の心は絶望で埋め尽くされていった。

 最後に自分自身で言葉を発したのは、いつだっただろう。