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八尋 慶一
八尋 慶一
novelistID. 46050
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ビル、そしてメメント・モリ

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 おおよそすべてにおいて完璧にちかい状態でこなすことのできる彼女の唯一の弱点は、いささかまわりにくらべて強すぎるということだった。彼女は僕とは逆に、強いという明確なアイデンティティーを確立することによって、自らの檻をつくってしまっていたのだ。だがそれだけの理由で、僕をもとめていたのかというと、もちろんそうではない、はずだ。それは数ある理由のうちのひとつにすぎないとは思う。彼女は、よわい僕を求めることによって、自らの強さというものをより正確に認識していたのかもしれない。だが、たとえそうであったとしても、僕にとってはそれはそれでまったくかまわないことだった。たとえそんな理由であれ、他人に切実に必要とされることなんて、僕には経験したことがなかったのだから。逆に、僕はよわいということを自分のアイデンティティーに昇華させることが出来た。皮肉なことに、それが僕自身の檻を破壊する強力な武器のうちのひとつとなったのだ。
 実際、それは隕石の衝突のような衝撃だった。僕は、自分の檻を出てもいいとさえ感じた。ただ、真由美がひとつの特別な意味での友達になったのは、僕らが出会ってからずいぶん経ってからだった。
 僕が真由美と個人的な交際をはじめるようになってからほどなく、僕は真由美の友達を紹介された。
 彼女の名前は伽子といった。伽子は真由美の同級生で、幼馴染みだと言う。一体どういった理由で真由美が僕と彼女を会わせようとしているのか、僕はよくわからなかった。真由美も多くを語ろうとはしなかった。まわりの友人にそれとなく訊いてみると、自分のカレシを親友に紹介したいんだよ、といった解答がかえってきた。そういうものか、と僕はぼんやりと納得していた。
 てっきりどこか洒落た喫茶店かなにかで待ち合わせるつもりだと思っていたのだが、真由美が降りた駅は郊外の住宅地だった。真由美と僕は並んで、どこまでも歩き続けた。しだいに、普通の家にまぎれて、敷地の大きな家が目立つようになってきた。真由美は不意に、そのうちの一軒の前で足をとめた。青い屋根の、大きな家だった。
 見ると、その家は洋風の建物で、一般の家からみればかなり広大な敷地を所有していた。柵の隙間から、青々とした芝生を見てとることができた。しかし僕はそこになにかしらの違和感を感じた。なにもないのだ。そこには高価なエクステリアもなければ、ゴールデン・レトリーバーもいなかった。ただゴルフ場のコースみたいに青々とした芝生が、むなしく風に揺れているだけだった。それは僕にひと昔まえの西部劇で見るような、無限の荒野を思わせた。こんなに金のかかった荒野もないだろう。しかし、僕は確かにそのとき、そう感じたのだ。
 真由美は黙ってゲートを開き、インターホンもならさずにドアを開けた。ドアもまた、かなり金のかかった質感をかもしていた。
「カコー?」と真由美は玄関に立って、家の中に呼びかけた。家は外観と同じく、一般の家庭と比較すると比べ物にならないほどの広さがあったが、そこには生活感といったものがごっそりそぎ落とされていた。まるで映画のセットかなにかのようだった。それはこの家の芝生を見たときに僕が感じたことと同様のタイプのものだった。無限の荒野。玄関をあがるとすぐカーペットになっていて、正面に木製の螺旋階段が二階へとのびていた。ただそれだけだ。インテリアもなにもない。まるで新築の家を買ったまま、誰も住まわずに放置してあるような感じだった。大金持ちの税金対策のように。
「真由美?」と線の細い声が奥が聞こえた。どうやら、その声の主が伽子のようだった。向かって右手に位置していた引き戸が開き、伽子が玄関に姿を現した。僕は息をのんだ。彼女はゆったりとしたフリルのついたライトブルーの服を着ていたが、その服の下からのぞいている腕があまりに白かったからだ。まるでアルビノのような、病的な白さだった。真由美は無邪気に伽子に笑いかける。
「元気にしてた? なにも変わりはない?」
 伽子は目を細めて微笑んだ。純真無垢な、ほんの少女のような笑い方だった。そして、わずかに目を開け、すっと真由美を見据える。なんの躊躇もない視線だった。これほどまでに、人を正面から見据えることができるものだろうか? 僕が直感的に異様なものを感じとったときには、少女はすっと視線を僕のほうに移していた。僕は緊張して、とっさに目を伏せた。
「はじめまして」
 伽子はそう言った。線の細い声だ、と僕はまた思った。
「はじめまして」
 そう僕も返した。僕はわずかに視線をあげる。伽子は深く頭をさげた。膝に添えられた手もまた、雪原を思わせる白さだった。
「立ち話もなんですから、どうぞ」と伽子は言った。
 僕は自分と同年代の女性にそういった言葉遣いをされるとは思ってもいず、慌てて真由美にならって靴を脱いだ。高級な匂いのするカーペットの上は、ひんやりと冷たかった。

   ※

「それが、あなたの罪なの?」
 少女は足をぶらぶらさせながら言った。もちろんちがう、と言って僕はビルを見上げた。
「それがはじまりなんだ。終わりに対してはじまりがある。入り口に対して出口があるみたいに」
「伽子って子が関係してるわけね?」
「そう」
「それがあなたの罪なのね?」
「まあ、そうなるだろうね」
「伽子ってさ、もしかして……」
「そう。盲目だった。彼女はその時点で完全に、目が見えなかったんだ」
 少女はそれに対してなにも言わず、くすんと鼻を鳴らしてみせた。
「つづけて」

   ※

 伽子は学校に行ってもいなければ働いているわけでもなかった。ほぼ毎日、家にこもって暮らしていた。たまにラジオを聞いたり、点字の本を読んだりする程度だった。月に何回か、真由美が引っ張るようにして伽子の手をひき、買い物をしたり、イタリアン・レストランで食事をしたりした。
 家族のことについては、どちらもあまり多くを語ろうとはしなかった。とにかく自然な話の流れと状況から、僕が知ることができた事実はたった二つだけだった。まずひとつ、この家に親はどちらもいないということ。そしてふたつ、経済的には、とりあえず伽子ひとりぶんのお金は、物理的に考えて不必要としか思えないほどの贅沢をしない限り、生涯困ることはないということだった。それ以上は二人ともなにも語らなかったし、僕もあえて知ろうとはしなかった。 伽子はむしろ逆に、生活的に不十分と思えるほどに質素な生活を送っていた。彼女は生命維持に必要なもの以外、とくになにも欲しがらなかったし、なにかを求めてもいなかった。点字の本やらなにやらも、真由美を心配させないためになかば義務的にたのんでいるとしか僕には思えなかった。親戚は何人かいたが、世話と引き換えに資産を横取りしようとする連中ばかりで、結果的にすべて真由美が追い払ってしまった。
 真由美は週何回か食事と最低限のメンテナンスをしてくれるお手伝いを手配し、自分がちょくちょく顔を出すことでずっとやっていけると思っていたのだという。