大嫌いな貴方へ
五月
中学生ともなれば交友関係も変わる。勇太は新しくできた友人の家に遊びに行くことになっていた。
とはいっても一人で行くわけではない。同じクラスの男子が集まるというのでお邪魔させてもらうことになったのだ。なんでもそこそこ広い家らしく、皆でゲームが出来るからと。断る理由も無いし、と思ってホイホイ出向いたのが運のツキだった。
「げ」
「……なんで」
先にいてくつろいでいたのは隣の家に住む幼なじみ兼永遠のライバル、木山勝。どうやらこの新しい友人は二人の関係を知らないらしい。同じ小学校出身でないのなら当然か。
普段であればすぐさま喧嘩になる二人だったが、いちおうここが人の家だという自覚はあった。出来る限り顔が見えない位置に座る。
小学校時代からの友人も二人ほどいて、勇太と勝を見るなり顔をこわばらせたものだけれど、どうやら喧嘩はしないらしいとわかったのか触れることはなかった。
スポーツ系でわいわいして格闘もので白熱した後、マリオカートしようぜという家主の一言により次のゲームが決定する。だがコントローラーが四つしかないため、集まった少年達は二組に分かれることになった。
「一回ずつ交代でやって、十コース回った時点のポイントで勝負な!」
このときから嫌な予感はしていたのだ。なにせ生まれたときから隣同士という宿命からもわかるように、名字・地区分け・くじそのほか諸々でも勇太は勝と組むことが非常に多い。生まれたときから罰ゲーム状態だ。
勝も嫌な顔をしていたから同じ気持ちだったのだろう。任意で組むなら絶対別の相手に声をかけるが、『グーパーで決めようぜ』と公平な案を出すクラスメイト達に対して『いや自分はこいつとだけは組みたくない』などというワガママを口に出来なかった。
「せーの、はい!」
「……うぁ」
「はー……」
なんでお前グー出すんだよ、いやお前こそ出すなよ、と離れた場所でアイコンタクト。というよりはガンの付け合い。面白いくらいストレートに、勇太と勝が組むことになってしまった。
「足引っ張んなよ」
「お前こそな」
今日初会話がこれだった。なんて生意気なやつだと思う。足を引っ張るなだって?それはこちらの台詞だ!
しかし頭に血を上らせていた勇太は忘れていた。自分がこのゲームのことを全く知らないということに。
「え、スタートダッシュってなに」
「アイテム?これどのボタンで使うんだよ!?」
「ぎゃー!なんかはねられた!」
と基本的な動きがわからず、コースアウトや逆走をやらかす勇太。当然順位が上がるはずも無い。組んでいるはずの勝は一人で慌てる勇太など放置で画面をみてはしゃぐだけだし、仕方なく勇太は近くの友人にいちいち尋ねながらゲームをしていた。
勝はといえば、
「オレ、このゲームむちゃくちゃ得意」
と笑顔で言い切るだけあって、他のチームをぶっちぎりで引き離す快挙を見せた。
一位の勝と最下位の勇太。結果としてポイントは真ん中あたりを彷徨っていた。
「あーあ。こいつとじゃなきゃ優勝だったのにな」
これ見よがしに周りに言いふらす勝が憎い。でも確かにその通りだと思ってしまったから、勇太は何もいえなかった。
(……本当に足引っ張ってる、俺……)
ライバルにすらなれない。思ってしまえば悲しくなって、コントローラーを握ったまま動けなくなった。潤んだ視界が邪魔だった。
「……おい、さっさとスタートしろよ」
気が付けば次のレースは始まっていた。頑張っても最下位な勇太だから、スタートから出遅れてしまえば巻き返すことはもう不可能に近い。苛々している様子で勝が声をかけた。
「やる気ないんなら帰れば」
「や、やる……」
情けなくても惨めでも、勇太なりに譲れない一線があるのだ。それがこの幼なじみに背を向けることだった。
「……あっそ。じゃ、オレも負けたくないし、ちょっと口出すぜ」
それまで勇太がプレイ中は近くに寄ることもなかった勝だが、そのレース中だけはすぐ隣に座ってあぐらをかいた。何事か、と思う。
「そのアイテム、まだ使うなよ」
「次の角曲がらないで、その先行け」
「ほらちゃんとアイテムとれ。ここでスターかカミナリ取れば巻き返せるから」
穏やかとはいいがたかったが、いつもの馬鹿にした口調ではない。だから勇太もカチンとせずに指示通りに動くことができた。ゲームに必死でそこまで気が回らなかったせいもある。
「Aボタンは押しっぱなしにしてろよ。曲がるたびにいちいち離すな、遅くなる」
「でも落ちちゃう」
「Lボタンでドリフトできる。何回か練習してみろ」
勝の言葉のままにコントローラーを操る。すると不思議なことに、あれほどあったコースアウトや逆走がぴたりとなくなってしまった。
結果、勇太は最下位から三位にまで順位を上げる。それと勝が稼いだポイント分を合わせ、総合二位にまで順位を上げた。
「は、初めて勝てた……!」
良かったな石動、と周りの友人たちも悔しがったり褒めてくれたり。
「それまでが下手すぎたけどな」
という勝の悪態も、今だけはスルーしてやろうという気になった。
「じゃ、最後オレな。コントローラー貸せ」
「ん」
今だけは、いつも喧嘩している仲だなんて悟らせないほど素直にコントローラーを手渡す勇太。嫌見なく受け取る勝。その光景の希少価値を知っている昔からの友人だけが、もの珍しさに目を見張った。