大嫌いな貴方へ
『ゆたはおれが守るからな!』
あぁ、止めてくれ。
『……まさるちゃん、ほんと?』
嘘だよ。あいつはそんな約束を守る相手じゃない。そんな簡単に信じるな、俺。
『あたりまえだろ!おれはとーさんたちとは違うんだから、ゆたとずっといっしょにいるんだ!』
裏切るくせに、捨てるくせに。そんな明るい笑顔でなに言ってやがる。
夢の中の小さな俺はいまの俺の忠告を無視して、ふわりと心の底から安心したかのような笑顔を浮かべた。
『まさるちゃん、だいすき』
いっそ殺せ。
朝の目覚めは最悪だった。鳴り響くアラームに対して、あと数秒早く鳴れよと無茶を言う。
夢の中の自分はよりにもよって勝に『だいすき』などと言っていた。思い出すだけで鳥肌ものだが、何よりおぞましいのはそれが夢じゃないってところだ。小学校に上がるまでは確かにあんな調子だった。
気弱だった勇太は何事にもぶつかっていく性質の勝に手を引かれるまま、いろんな遊びをした。とても楽しかったことは覚えている。けれど小学校一年の夏休み、今から思えば小さな、だが当時の自分たちにとっては壮大な家出を決行した時が決別の時となった。
小学生二人の家では両親へのあてつけだった。親が仲良く無いから、『隣の家の子とは遊んじゃ駄目だ』というから、二人でどこか遠くへ逃げようと思ったのだ。
『おれといっしょに暮らそう』
テレビで流れていた言葉を意味もわからず自分に告げて、小さなリュック一つ背負って無責任な一歩を踏み出した勝。その頃の勇太は勝に全てを委ねきっており、だからなんの疑問も抱かずにほいほい付いていった。
そこで悲劇が起きた。というか、真っ当に迷子になった。
中学生になった今ならわかる。まだ隣町だった。歩いて二十分もしないだろう。だがあの頃の自分達は二時間以上歩いて、子どもの足だからそれだけで痛くて進めなくなってしまった。
『もうつかれたよぅ』
『なくな、ゆた。もっととーくににげなきゃ』
『やだぁ。まさるちゃん、いたいっ』
ぐずって泣き出した勇太に対し、勝は徐々に苛立ちを募らせていった。
『じゃ、ゆただけそこにいろ!おれはいくからな』
『! やぁ、まさるちゃん、いかないでぇ!』
何のために二人で出てきたのか。本末転倒な事態に気づかないまま小さな二人の喧嘩は続く。それまでまともに喧嘩なく過ごしていたこともあり簡単に決着も付かなかった。
『まさるちゃん、まさるちゃん!』
『はなせよ!』
どんっ、と勝が思い切りこちらを突き飛ばす。あ、と短い悲鳴と共に背中から何かに当たる感触。
────勇太の記憶はそこで途切れていた。
次に気が付いた時には病院のベッドにいて、両親の顔がすぐ傍にあって。自分が怪我をしたことと、家出が失敗したことだけを悟った。
『まさるちゃん、は?』
目が覚めて開口一番尋ねるのがあいつのことだなんて。今だからこそ苦々しく思うがあのころの自分にとってはあいつこそが全てだったのだ。洗脳されていたといってもいいだろう。
父親は難しい顔で勇太に告げた。
『あの子はお前を置いて、さっさと帰ってきたよ』
直後大泣きし、それ以来勝とは喧嘩を続けている。