まだらの菓子
Ⅳ模範解答
「分かった?何がだ。」
未だにニヤニヤ笑いを続ける綾原に非常に癪だが尋ねる。
十分程前に分かったと叫び部屋をクルクル回っていた綾原だったがさすがに今は落ち着いている、時折噛み殺しきれないと笑いをにじませているが。
「非常に、非常に簡単な手なのだけど?分からない?功介にはー、分からない?リキ君には難し…痛い…」
「考えさせろ、というか俺をからかって遊ぶな。」
容赦なく拳骨。
それほど苛立つ理由はまだその種明かしをしようとしないからの一点。
非常に簡単な手?
それを聞いてこの事件が綾原には分かるのに自分には分からないだまし絵のような感じがして妙に悔しくなる。
「うぅ痛い…まだ功介は分からないみたいだけど、この事件に必要なのは『出入口を考える』とか『犯行時間を考える』とかじゃない、ただ言葉の確認をすればいいだけ。」
それだけ言うと綾原は立ち上がり、何を考えたのか本棚の上にキャラメルを一個ぶつけた。
無論キャラメルは虚ろな音を立てて跳ね返され、綾原の手元に戻ってくる。
何をしたのかと俺の視線の問いに綾原は笑いながら
「これで全部解けるはず。」
とだけ言った。
その笑みが勝者の笑みだったためにますます悔しくなったのは言うまでもなかろう。
**まだらの菓子**
再度お茶を入れに下に行く。
綾原はああ言っていたがなんの情報が今まで足りなくてなんの情報が綾原の頭に入ってきたのか皆目見当がつかない。
「悔しいな。」
そう、悔しい。
何が悔しいのか、元々綾原に解いてもらうつもりだった問題なのに。
いや、俺が姉がいなくなってから一週間唸り続けて考えた問題を『簡単』と解かれてしまったからだろう。
もう一度綾原の言葉を思い出す。
「言葉の確認?」
言葉の確認、そう綾原はそう言った。
だが何の?
盗まれたお菓子か?出入口か?それとも犯人の姉についてか?
盗まれたお菓子は因みにクッキー、チョコチップがまだらになってたやつ。
「…お菓子考察してもなぁ。」
一人ごちてぼんやりと次は緑茶にしようかとカップを洗おうとすると綾原のカップの皿に何か紙が挟んであった。
何か文字が書いてある。
「まだらの…紐?」
某有名作家の有名作品がそこには書いてあった。
そしてやっと全てが繋がった。
**まだらの菓子**
「分かった。」
部屋に入って第一声がこれというのもどうかとは思わなくもないがとりあえず事実だ。
「ヒントは役に立った?鈍い功介にも分かるようにストレートかつ単純に書いたのだけど?」
「鈍いは余計だ。あぁ、十分すぎる程に。まぁあの作品を知らなきゃヒントになりはしないが。」
「シャーロックホームズ知らないのは学生としてあり得ない。」
「お前の学生の定義には偏りがある。」
と言い放ってやると再度キャラメルが投げつけられてきたが構わずドアを閉める。
まだらの紐、コナン=ドイルが書いたシャーロックホームズの話だから知っている人も多いと思う。
万一のネタバレは避けたいがネタバレしないと話が進まない。
まだらの紐はある屋敷に住む姉妹の内、姉が不可解な方法で殺され死ぬ前に「まだらの紐」と言い残していた殺人事件だ。
この姉妹と屋敷には義理の父、部屋には鳴らない呼び鈴が…というような話なのだが今はその話ではない、知りたければ読むことをお勧めする。
俺がトリックが分かった所で綾原がしたり顔でもう一度解説し始めた。
「この事件で必要だったのは単語の見直し。まずは通風口、通風口は風を通すもので部屋全体の空気を新しくするもの。ならまず『下についているのがおかしい』」
「下についてたら空気は床を這うだけで空気の入れ換えが出来ないからだろ?」
「その通り、だから通風口は下についている方はフェイク。上に本命がある。」
だから綾原はキャラメルをぶつけて、跳ね返った音で上にも通風口があることを確かめた訳だ。
「次、本棚。本棚は何に使える?」
「本を収納するのに。」
「それ以外。」
「地震の時倒れて出口を塞ぐのに。」
「それ使ってるのじゃなくて邪魔されてるのだけど?」
真顔で返され苦笑い。
まぁこの正解は綾原が言いたいだろう、そんな目配せをしたら長い髪を左右に少し振りながら得意そうに答えた。
「この場合は足場、通風口から出ても何か無いと結構大きな音がするもの。」
一瞬サーカスの一員のように身軽な姉の事を思い浮かべ、あいつなら火の輪潜りぐらい音を立てずにやってのけそうだがと思ったが何も言わない、それが賢明だ。
「それと比べて綾原は身軽じゃなさそうだ、とでも思った?」
どうやら分かっていたようだ、笑顔の下に見える犬歯が怖い。
「…なら報酬の商店街のケーキは無しにするか?」
「話が別、というよりも逆。」
さらに犬歯が剥き出されるのを見てケーキ注意報と俺の財布に氷河期注意報発令。
ごめんなさい、だからケーキは増やさないで、綾原の体重と、俺の財布の被害が大きくなるばかりだから。
「ケーキの量、分かってる?」
「財布的にはもはやキャパオーバーだぞ。」
「姉に借金。」
「それだけはしたら破産する。」
「私にツケ。」
「もっとヤヴァい。」
「どういう意味!?」
「そういう意味!!」
俺の財布には…もう誰もいないなんて時期を味わって欲しくないんだよ、という強固な意思を出していく。
出していかないと最悪ケーキ五個は食われる、高い店で。
それこそ危惧した破産ルートまっしぐらだ。
「…この話は後だ、種明かしなんじゃないのか?」
「…強引にはぐらかされた気がするのだけど。」
「気のせいだ。」
綾原はしばらくむぐむぐと納得がいかなそうに口を動かしていたが結局後にすることにしたらしい、一安心。
「つまりは本棚は下の通風口を隠すためじゃなくて上の通風口からの足場って訳だな。」
「そういう事、『まだらの紐』でもあった。機能してないものなんかない、とね。」
ホームズの話の中にもあった、『機能してないものは別の機能を果たしている』という観点、今回はそれが必要だった訳か。
一連の経過として姉は自分の部屋の通風口から俺の部屋に侵入、本棚を足場に床に降り、クッキーを持ち去り本棚に上り、部屋に戻った。
この際、俺が気づかないように通風口には蓋が必要だが前までこの本棚には姉が「部屋に入りきらない」と使用済みの参考書が積んであった。
それで隠されていたのだろう、今は参考書はないが代わりに壁と同じ色で通気性がある蓋がされている、これぐらい姉なら作れる。
「全く…お菓子を盗むのに変な労力をかける姉だ…」
「まぁ私の頭の体操にはなったし良いんだけど?」
俺は良くねぇよ、と言いかけたがまぁクッキー一箱だからな、被害が。
「とりあえず事件解決を祝って何かお菓子欲しいのだけど。」
「ケーキで我慢しろよ…」
「ケチ臭い男は嫌われるよ?」
「面倒臭がり過ぎる女はそれを超えるぞ。」
「…じゃあなんで功介は私の世話してるのかなー今回の事件解いたのは果たして誰なのかなーケーキ増えちゃ…」
「分かった、分かりましたよ。」