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拝み屋 葵 【弐】 ― 余暇見聞録 ―

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 *  *  *

 三十畳はあろうかという大きな純和風の部屋で、葵は奥にある簾を神妙な面持ちで見据えていた。
「何故、陰陽の力を使った」
 簾の向こうに鎮座する人影は、いつもと変わらぬ荘厳な声を響かせる。
「分かってはるのに、お訊ねにならはるんですか?」
 それに答える葵の声には、いつもの軽さはない。
「陰陽の理。陰(受動)があって陽(能動)がある。陰陽の力を行使して良いのは、陰陽師として助けを求められたときのみ」
「力あるところに争いは起き、私欲に陰陽の力を使えば、争いを招く。そう教わりました」
「あの場にいた夫婦は、間違いなく助けを願っただろう。それを目撃していた少女もまた、無事を祈り、助けを願っただろう」
 そこで言葉が途切れる。
 そよと吹く風も、張り詰めた空気を助長することしかできない。
「……だが」
 正座した足の上で組んだ葵の指が、きゅっと握られる。
「それは陰陽師に助けを求めたものではない。我らの力は秘匿されなければならん。陰陽の存在を知り得ぬ者の前で、何故、力の行使を禁じているのかは、お前が言った通りだ」
「あの場に居合わせたのは、陰陽師ではない三宮葵であるべきでした」
 葵は人形のように喋る。
「サラという少女があの場に居合わせなくとも、同じ行動を選択していたか?」
「・・・・・・」
 葵は沈黙を以って返答とする。
「少女に“死”を見せたくなかったのだな」
「すべては、私の自我の招いたことです」
 ふぅぅ、という長いため息が、簾の向こうから流れ出る。
「少女と夫婦の頭から、関連する記憶を抜き取る」
「はい」
「今後、サラ・ダブーラには一切近づいてはならん」
 僅か一ヶ月。葵とサラとの付き合いは、たったそれだけだ。しかし、二人の思い出は数え切れないほどある。
「……はい」
 葵は、こうなるであろうことが分かっていた。それでも、あの時の選択は間違いではないと思っている。老夫婦の命よりも、サラの今後の人生に比重をおいた選択。
 そこにあるのは“平等”ではなく“我欲”だ。

「お願いがあります」
「言うてみよ」
「禁を破った者は、ここに留まることはできません」
「ほう?」
「破門にして下さい」
「よかろう」


「三宮葵。陰陽の力を封じ、破門・追放とする」


 氏名 三宮 葵
 年齢 二十三歳
 性別 女
 職業 ――


           ― 陰陽の理 了 ―