流れ星のタンゴ《Part.1》
踊り子たち コンチータ先生、お願いします!
コンチータ あ、そうそう。だからね、ひかりちゃんも、フジワラさんが
喫茶店でかわいい女の子と二人で、二羽の鳩みたいに、
いちゃついているところを見ちゃったって思って
ごらんなさい。(後ろめたそうにしているギタリストを
新たに脅そうとしながら)
ひかり (怒って)いや!(足をふみならし始める)
コンチータ ほーら、ずっといいわよ!嫉妬心ってものが解るように
なってきたわね!次はフジタキさんが・・・
ひかり 藤崎です、先生!あ、間違った、ごめんなさい!
私何言ってんのかしら!!!藤原です!
コンチータ (驚いて)あ、そうなの?で、私なんて言ったっけ?
じゃ、今度はそのきれいな女の子が藤原さんの頬を
愛撫しているところを想像してみて...
(逃げようとするギタリストにもう一度近づく)
ひかり やだ!ぜったいだめ!(熱烈に手をはたく)
コンチータ (断固たる口調で)そうよ!それでいいのよ!これであなたも
本当の女性になったわね、もう従順な雌羊じゃないわ。それ
なのよ、真の情熱っていうのは。愛することの苦しみって、
こういうものなのよ。
ひかりと他のダンサーたちが熱狂的に踊る。
コンチータ (足を打ち鳴らし)待って!何か足りない。おむつがいる!
おむつ持ってきて!
みんなが動きを止め、ギタリストはギターを取り落とす。
スタジオ中が静けさに包みこまれる。
踊り子B コンチータ先生、もしかして荷物って言いたかったんじゃ
ないですか?
コンチータ (腰をさすりながら)にもつ? 私いつも間違うのよ。
おむつとにもつって似てない? 日本語って難しい!
ダンサーの一人が小鞄を持ってくる。コンチータは鞄を開け、
何かを探して中をさぐる。
コンチータ 昨日も新宿でタクシーから降りたときに、この鞄
忘れちゃってね、タクシーが行っちゃったもんだから
コンチータばあさん、大きな声で、おむつ!
わたしのおむつ!って叫びながらタクシーの
後追いかけちゃったわよ。今やっと、なんで道行く
人たちが私を変な眼で見ていたかわかったわ。
コンチータは鞄から大きな赤い花を二つ取り出す。 一つをひかりの髪に
つけ、もう一つを自分の頭のてっぺんに乗せる。
コンチータ ハガキ!ハガキどこやったのかしら?
ひかり 葉書って、どの葉書ですか?
ここに葉書なんてないですけれど。
コンチータ あ、はがきじゃなかった!は・さ・み!
ハサミに映して見てみたいのよ。
踊り子A (おそるおそる)もしかして、鏡ですか、先生?
コンチータ そうそう、それそれ、それが言いたかったの。
ハガミで見たいわ。
ダンサーの一人が鏡を持ってくる。コンチータは自分を映して見て
満足した風である。
コンチータ うーん、やっぱり思ったとおり、美しい…
美しさこそは強力な魔法よね!
彼女はフラメンコを踊りはじめる。ひかりはその動きをはじめはおずおずと
繰り返し、だんだん確信を持って踊りだす。
『第三場』
タンゴのリズムが聞こえてくる。フラメンコのスタジオが消えていく。
舞台の別の端、喫茶店で藤原とフランソワーズが穏やかに話をしている。
フランソワーズ 藤原さん、こんなことお聞きしたら、
失礼かもしれないんですけど。
藤原 いいですよ、言ってみて。
フランソワーズ 私があなたを見ると、藤原さんすぐ目をそらすでしょ?
どうしてなの?
藤原 日本人って話し相手と目を合わせるのを避けがちなんですよ。
だって視線で、心の動きが、わかっちゃうじゃないですか。
知らなかった?日本ではそういうのあまり好まれないんだな。
フランソワーズ 変なの!ヨーロッパでは真逆です!お互いに視線を合わせる
のが礼儀なのよ。視線を隠したりしないで。
藤原 そうか、じゃよし、やってみるよ。どう?なんだか照れる
けど。勇気を出して君のはっきりした目を見ているよ。
フランソワーズ ブラボー!何が見える?
藤原 悲しみと、さみしさ。
フランソワーズ (心を奪われて)私は、藤原さん、思い切って言うわね。
たぶん他の女の人だったらそんなこと言わないでしょう
けど、あなたの視線に魅了されたわ。うまく説明できない
けど・・・ あなたの視線に吸い込まれてしまうみたい
な。私が力を奪われて体の自由が利かなくなって、あなたの
輝く瞳の奥から、心の底に入り込んだような気がするの。
藤原 (動揺して)前にも言われたことがあるよ、そういうこと。
フランソワーズさん、ひょっとしたら僕って魔法使いなの
かな?
二人は長い間見つめあう。
(英語の歌”I dare not tell you You are beautiful”が流れる)
( 男性の歌詞 )
I feel a call for love
In the depth of your eyes
The softness of your flesh
So close to my arms
I have already breathed
The fragrance of your skin
My lips already whispered
Confessions of my sin
I dare not tell you You are beautiful,
Your weary smile begins to shine
My sudden feelings seem to overflow
Your eyes keep saying you are mine
( 女性の歌詞 )
The silver light of stars
Would marry us tonight
The brilliance of your glance
Makes Tokyo so bright
I feel I am a drop
In the pulse of your blood
作品名:流れ星のタンゴ《Part.1》 作家名:アッシュ ラリッサ