遺伝子組み換え少年
一発目・眉間。二発目・喉。三発目・背側右肩。四発目・腰。五発目・左臀部到着後跳弾し寝台側面に着弾。(弾薬補充)六発目・右太腿。(右腓骨右踏み付け)七発目・右胸。八発目・右耳横通過寝台貫通。九発目・腹部下。(銃把で前額部右殴打)十発目・左前腕。(横転し接近した被験者A:bC89-02112-66の右耳を掴み引き投げ・弾薬補充)十一発目・左側頭部。十二発目・左側頭部到着後跳弾し壁面着弾。十三発目・右肋骨。十四発目・睾丸到着後床着弾。十五発目・右耳。(弾薬補充)十六発目・右肩到着後跳弾し壁面着弾。十七発目・右耳背後から通過廊下タイルカーペット表面。十八発目・項。十九発目・左上腕。二十発目・臍。(弾薬補充・被験者A:bC89-02112-66横転し図4?に移動)二十一発目・頭上通過。二十二発目・頭頂部擦過。二十三発目・右肋骨。二十四発目・廊下壁面。二十五発目・腰。(弾薬補充・被験者A:bC89-02112-66起立し目を剥く)二十六発目・眉間。(被験者A:bC89-02112-66「勘弁してください」と発言)二十七発目・咥内喉奥。二十八発目・咥内喉奥。
以上で計測に足ると判断し08:19:38耐久実験終了。被験者A:bC89-02112-66硝煙を口から噴きつつ大粒の涙を流し、細かに震えつつ、胎児の形で自らを抱き締める。08:29:44まで動きなく震え、研究員千田加奈を隣室A-4から赴かせ、A-3寝台上へ移動させる。08:36:53寝台に座った途端に傾くように倒れ睡眠移行完了。
(中略)
被験者A:bC89-02112-66、09:29:48第二次起床成功。現在説得中。
○雑種資料欄
(中略)
○結果報告
計二十五発の銃撃を受け頭髪等体毛爪毛細血管等細部含め破損個所なし。
耐久実験終了から睡眠移行までの時間 十七分十五秒(寝台に座ってから睡眠移行までは二秒七八)
睡眠時間 五十二分五十五秒。
第一次起床 遺伝子組み換え(細胞一新)後三十八時間四十四分経過頃。
○考察
第一次起床、第二次起床共に成功し、想定内の数値が現れている。聴力強化の成否は現時点では不明。
怒気に満ち満ちた藁木氏に対し、銃撃途中に身体の変化を悟ったものと思われるが、暴力的反発が皆無であり、被験者A:bC89-02112-66の理性の高さが見受けられ、尚且つ精神面の太さも随所に見受けられる。第二次起床の際にも精神異常は見当たらず、心身と共に壮健で、当人のままである。
(中略)
被験者A:bC89-02112-66の身に起きた事故により開始時期が早まることになったが、上記の通りに身体及び精神に問題はなく、細胞への適合率も予測通り申し分ない。
被験者A:bC89-02112-66の戸籍は、同時同区同建物同階より足を滑らせ転落死をしたものとしている。同建物駐車場のアスファルトを陥没させ、輸血用のA+型血液を撒き、死体は府内の遺体安置所より背格好の似たものを借用し当人との判別を不可能なまで変形させ、鑑定は3番で偽造を済まし、入棺も滞りなく済んでいる。
他に質疑があれば、電話かFAX、メールか郵便でどうぞ。
尚、被験者A:bC89-02112-66に投与した薬に就いては、以前に渡した書類の通りです。
小千科学研究所 所長 ヒトツバシ
図一は、地下二階の間取り図で、藁木正六の歩いたルートが書かれ、A-4の部屋には千田加奈がいて、耐久実験中の被験者A:bC89-02112-66の大まかな位置取りが????と移動した時刻と共に順に書かれている。
図二は、図一?の位置に居た被験者A:bC89-02112-66に対する銃弾の着弾までの軌跡が○藁から発砲順に番号付で、一本線で書かれ、発砲した時間も枠外に記載されている。図三は、それが図一?の位置で記載され、図四は、図一?と?の位置で記載されている。図一?は寝台の前であり、図一?は開いている扉の前であり、図一?は廊下を出てすぐ左の壁であり、図一?廊下の真ん中まで進んだところだった。
図二、図三、図四は同じ縮尺で、A-3室の内装が書かれている。
図とは別に、注釈が書き込まれた写真資料も、実験前実験後と分かれ貼られていたが、報告書内に参照を促す部分はなかった。
雑種資料欄には、睡眠時の体温表や脳波の計測写真等が貼られていて、それに付いても、参照を促す部分はなく、種類を表す題名が書かれているだけだった。
3
ひどい熱と恐怖だった。
個別の言葉では間に合わないほどに多種の感情が暴れ回り、熱と恐怖は確かだった。
死も確かに感じていた。引き裂かれた身体が接着剤でくっ付けられたような死の感触が、熱と恐怖とは別個に存在し、それは感覚以上にはならずに熱と恐怖の中に消えて行った。
熱から解放されても石膏のような恐怖だけは残った。
暖かな手が触れると、恐怖は溶けていた。
4
蓬髪の少年は、強烈な悪夢を見たように起き上がった。
起き上がりゆく上体の、背に幾つもの冷えた汗が流れているのを感じた。冷たい指が背をつるつるとなぞるように、汗の玉が流れているのが分かる。蓬髪を更に乱し、長座の姿勢で止まると、前を向いた顔には長い髪はかからなかった。目覚めた瞬間に目にした円形の蛍光灯と、眼前の乳色の壁に既視感を覚える。何重にも汚れで遮られている溝底のような暗い瞳と体毛に、人並みに白い肌と、人並みに整った顔を歪め、少年は牙を剥くように右を向いた。
右を向くとほぼ同時に、少年は無表情になっていた。窓のない部屋だった。空調は壁の下部に嵌め込まれている。空の本棚が左手奥にあって、本棚に隣接していた記憶のあるスチール机が、自分と目の前の子供の間で縦長に橋を架けていている。猫毛の、愛らしい顔をした子供がいた。室内にいる少年以外の四人は皆白衣を着ていて、対面の形になっている子供だけが、唯一スチール机の付属の椅子に座っている。プラスチックの本立てに書類の詰め込まれているスチール机は、「の」の字の書かれた揃いの湯呑が置かれ、椅子の側には湯気が立ち、湯呑の間には急須が置かれている。
大きな宮付のベッドの上に、少年はいた。縦長の部屋の奥をそのベッドが占領して、残りは正方形になっている。膝にその端が掛かっている、柔軟剤の不快な柔らかさをしたレモン色のタオルケットを、下半身を隠すように引き寄せると、少年は今更に、部屋に残留している芳しい硝煙のにおいに気付いた。上体を起こす際に、肩甲骨辺りに、靱性の強いゴムのような感触があったから、確認に両脇を揉むが、別の思考に割を取られてその判別が付かない。少年は新品の若草色の甚平を着ていた。懐には、何かの検査していたのか、肌に吸着していた電極がひとつ残らず剥がれてたまっている。肌に触れるものも、その肌自体も含め、悉く周囲は親しみのない感触になっていたが、少年はこの部屋の内装を見た途端にその大半の感覚を忘れていた。
この部屋を何度も見たような気がする。少年にとってそれは、よくあることだった。一度足を運んだ場所を忘れてしまって、二度目か三度目の来訪であるだけなのに、幾度も訪れた場所であるような気がすることが、よくある。