グランボルカ戦記 外伝 リュリュとカズンのある日の授業風景
「その部隊は数は少ないですが、ソフィアとクロエが居て突撃力に優れています。敵の進行を予測して山に伏せておくのがいいでしょう。例えばヘクトール殿の百騎で敵の主力を釣りだし、アンドラーシュ様、ジゼル様の部隊で引きながらさらに敵を釣りだした所で、レオ達が一気に山を駆け下りて間延びしてもろくなった敵本体の脇腹を刺し、敵大将の首を取る。といったところでしょうか。まあ、アリスの得意な戦法なのですが、レオならできるでしょう。」
「なるほどのう。ではリュリュの部隊はどうしたものじゃろうか。」
「この布陣であればリュリュ様は大将ですから、一番安全な位置に配置する必要があります。・・・まあ、リシエール軍の真ん中がリュリュ様にとって安全といえるかどうか微妙ですので、何かあっても庇ってくれそうなエーデルガルド姫と一緒におられるのがよろしいでしょう。」
ひと通りの話を聴き終わってから「ふむ。」と、短くうなづいてリュリュはカズンに向かって口を開いた。
「指揮官の指揮能力などについては大体理解した。ところでカズンよ、一武将としての能力は誰が一番優れているのかのう。この間の御前試合も水入りになってしまったし、実際の所、ぶっちゃけ誰が強い。」
リュリュの質問に、カズンは逡巡した後で口を開く。
「そうですね・・・強い。の定義にもよりますけど単純な攻撃力、戦場での突破力ならばソフィアでしょうか。肉体強化による攻撃力もですが、常時かかっているパッシブヒールが強力ですから、多少の傷ならすぐに治ってしまいますし、体力も無尽蔵なので敵のド真ん中でハルバード振り回しているだけでかなりの戦果が期待できます。」
「ま、待て待て。今、肉体強化とパッシブヒールと言わなんだか?それらは別の魔法であろう。」
「ああ、さすがによく勉強されていますね。この世界において魔法は一人につき一つ。これは確かに自然の摂理ですが何事にも例外という物はあります。確率にして百万人に一人。極々まれにですが優先血統同士の子にはダブルと呼ばれる二つの魔法持ちが生まれる事があります。大体は二つの魔法がちぐはぐでどっちも中途半端になりがちなんですけど彼女の場合はしっかり噛み合って、強力な一つの魔法のようになっているという訳です。」
「優先血統というのは、リュリュや兄様の炎や、エド達の風のように代々引き継がれる魔法のことじゃな。なるほどのうダブルか・・・で単純な攻撃力でなければどうなる。ソフィアに勝てる者はおるのか?」
「たくさんいますが、一番わかりやすいのはレオですね。彼女はレオには攻撃できません。と、いうか、ソフィアは顔見知りや情の移った相手にはとことん弱いでしょうね。」
「む、じゃがソフィアはしょっちゅうレオにハルバートを向けておる気がするがのう。それに『レオ君を殺して私も死ぬ』とかなんとか言うておるし。」
「ですが現にレオは死んではいないでしょう。あれは彼女なりの一種の愛情表現ですからね。まあ、たとえソフィアに本気になられてもレオの魔法なら逃げ切れるでしょうが。」
「そうじゃな。あの時間停止は厄介じゃ。」
「そうですね。ですがあの能力は一日につき十秒しか停止できませんから、暗殺と逃走中の一時しのぎ以外にはあまり役にはたたないでしょうね。彼は腕力がありませんし。」
「ふむ。じゃがレオは能力を上手く使ってデールと互角に渡り合ったらしいぞ。」
「ジャイルズ殿と?・・・ふむ。これはレオに対する認識を改めなくてはいけないかもしれませんね。リュリュ様旗下最強の騎士相手に互角とは・・・奴め、さては測定の時は手を抜いていたな・・・。」
ブツブツとそんな事を言いながらカズンは懐から取り出した手帳に何事かを書き込んでいった。
「ではデールやレオに勝てる者はどうじゃろう。ああ、アンジェは例外としてじゃぞ。デールがアンジェに手を上げるような事はないだろうからな。」
「まあ・・・アレクは間違いなく上ですね。あとはエーデルガルド姫でしょうか。」
「兄上はともかく、エドもそんなに強いか。」
驚いて声を上げるリュリュに深く頷いてカズンが続ける。
「おそらく彼女はその気になればアレクと互角に渡り合うこともできるでしょう。ソフィア以上に反則的な魔法使いですからね。」
「反則?確かにエドの風は強力じゃが、エドに風があるように兄上には炎があるぞ。」
「そこなんですが、エーデルガルド姫の魔法は風ではないのですよ。彼女の魔法は空。要するにこの大気を自由に操ることができます。ですから空を飛ぶ、突風を飛ばすといった複数の現象を起こすことができるのです。」
「ふむむ・・・確かにそれは反則じゃのう。その気になれば空気を薄くして炎を消してしまう事もできるということじゃからな。」
「まあ、細かいコントロールが苦手らしいのでそこまで繊細な操作ができるかどうかはわかりませんが。あとは・・・強さとは直接関係ありませんが、リュリュ様の魔法も相当な反則技ですよ。何と言っても死者の魂を呼び戻すのですからね。例えばカーラ殿やキャシーの魔法で死者の体を修復し、リュリュ様の魔法で魂を戻し定着させる。そんなことができれば、あるいは不死の命を得ることもできるかもしれません。」
「いや、それは無理じゃろう。今まで何度かそういう機会があったが、戻った魂が肉体に定着したことは一度もない。寿命で死んだ者の魂を無傷の体に戻したとしても、長くて3日。それをすぎる頃には魂が抜けてしまう。いくら頑張ってみたところで、人は神にはなれぬということじゃな。」
そう言って、リュリュは嫌なことでも思い出したのか、口を強く結んで眉をしかめて黙りこんでしまった。
「申し訳ございません。配慮が足りませんでした。」
畏まって頭を下げるカズンを見て、リュリュが慌てて表情を緩める。
「よいよい。じゃが、リュリュとて、命を救うことを諦めるつもりなど毛頭ないからのう。命の火が消える前に魔法で魂をつなぎとめ、傷を治してしまえば、あるいは今まで助からなんだ命も救えるかもしれぬ。リュリュはそのために医術を勉強しておるのじゃ。カズンの言うような不死は無理かもしれぬが、救える命はひとつでも多いほうが良いからのう。・・・さて、それはさておきじゃ。エドと・・・あとは恐らく兄様も反則じゃろうから外すとして、他にはどうじゃろうか。」
「ヘクトール殿とアンドラーシュ様。それにヴィクトル殿にカー・・・」
「け、結構おるのう。リュリュの配下では、デールは一番強いはずなんじゃがのう・・・やはりリュリュの配下は弱兵なのか。」
「もちろん、ジャイルズ殿が弱いという訳ではありません。実際に剣を交えれば様々な要因も絡んで、そうそう簡単に勝負がつくような実力差でもありません。あくまで測定時の数値での話ですから、あまり気にするようなことでもないと思いますよ。それに、戦場で重要なのは個人の武力ではなく、下準備と軍略です。そういう意味ではアンジェリカ殿の指揮は目を見張るものがあります。兵を鼓舞するのも上手いですし、先陣を切って突撃するだけの武力もある。ジゼル様と似たタイプですが、少数精鋭で突入し、戦場をかき回すやり口が実にいやらしい。」
作品名:グランボルカ戦記 外伝 リュリュとカズンのある日の授業風景 作家名:七ケ島 鏡一