グランボルカ戦記 外伝 リュリュとカズンのある日の授業風景
リュリュとカズンの戦力分析
執務と医術の授業の合間を縫って自分も軍略を勉強したいと言い出したリュリュに手ほどきをするため、カズンが約束の時間に彼女の部屋を訪れると、開け放しになっているドアからリュリュが机に向かって、作戦の立案に使う盤の前で頭を抱えているのが見えた。
(熱心なことだな。)
カズンはそんな事を考えて少しだけ笑みをこぼすと、リュリュの後に立って声をかけた。
「どうされましたリュリュ様。何かお困りですか?」
「む、カズンか。いや、この間お主に出された局面の問題なのじゃが、考えてみればリュリュは、誰が何をできるのかがよくわからぬのじゃ。」
「あ・・・そう言われてみれば説明しておりませんでしたね。申し訳ありませんでした。・・・とは言え今から資料を取りに行くのも・・・。」
「何じゃ、奥の方に仕舞い込んでしまったのか?」
「いえ、今回対象になっている人間の分だけで三冊ほどになるものですから・・・。」
「・・・と、あっさり言っておるが、その数字がすぐに出てくるという事は、お主はそれらを全て覚えておると言う事か?」
「ええ、まあ主力になりそうな人間位は大体。」
「ふむ・・・それは軍師ならば覚えて当然なのかのう」
「ええまあ。ですがリュリュ様は一から作戦を立案される訳ではありませんから、大体を理解していただければ結構です。とりあえずは、今回の五人だけ口頭で説明を・・・」
「まあ待て、それはアリスの奴もできるのか?」
「え?まあ、そもそも戦力の可視化を言い出したのはアリスですから。恐らくは百人長・・・いや下手すれば十人長位までなら最低限顔と名前位は覚えてるかもしれませんね。」
「それ位ならリュリュとて自分の配下ならば百人長位までなら顔位は解るぞ。十人長まで覚えたとて、その十倍くらい・・・」
そう言ってリュリュが胸を張るが、カズンはそんなリュリュに対して少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべて続けた
「いえ、アレクシス旗下の戦力の分折と把握は大分前に終わっているはずですので、アリスはおそらく四軍全ての十人長を覚えているでしょう。アレクシス軍に関してならよっぽどの新人でない限りは全員わかるんじゃないですか。」
「く・・・兄上の軍師共は化物かぁっ・・・。」
「いや、あれと一緒にされても正直困るんですが・・・」
机を叩いて悔しがるリュリュを見ながら、カズンが困ったような表情で頬をかいた。
「カズンよ、リュリュにお主の持つ知識を全て教えこんでくれ。そうしてリュリュをアリスを超える軍師に育てて欲しいのじゃ。」
「はぁ・・・それは構いませんけど。・・・先程からアリスを妙に意識されているようですが、何かありましたか?」
「な・・・何もない。何もないぞ。別に・・・リュリュはその・・・じゃな。アリスを超えれば、リュリュも少しは・・・その・・・・」
言いづらそうにもじもじとしているリュリュを見て、カズンはなんとなくの推測がついた。
現在、城内に流れているアリスとユリウスの噂。そして、少し前によく見かけたリュリュとユリウスの兄妹のようなやり取り。
それらを鑑みるに、おそらくリュリュはユリウスとアリスのことに嫉妬しているのだろう。とはいえ、ここでそれを子供のリュリュに対してそのまま指摘してしまうというのもいささか大人気ないというものだ。
そう思ったカズンはとりあえず、リュリュの横に膝をついて仰々しくリュリュの手をとった。
「御身を捧げ、祖国復権に尽くされようというリュリュ様のご意思、よくわかりました。このカズン、誠心誠意リュリュ様のお力になりましょう。」
「む・・・むぅ。そ、そうじゃな。うむ。祖国のためじゃ。はっはっは。」
(ご、ごまかせたのかのう。)
(・・・ま、こんなところか。)
胸を反らせて笑った姿勢のまま、リュリュがカズンの様子を伺うように彼をちらりと見、カズンも同じタイミングでちらりとリュリュを見る。
と、当然二人の視線が交わり、なんとなく気まずい空気が生まれる。
「な、なんじゃカズン。」
「いえ。リュリュ様こそ何か?」
「なんでもないぞ。気にするな・・・してカズン。まずは手始めにこの盤面に居る5人の指揮官と、その指揮官の主要な配下の人間から教えて欲しいのだが。」
「そうですね。ではまずアンドラーシュ様から。アンドラーシュ様は指揮能力、馬術、戦術知識、判断力。すべての項目について将軍として平均点以上の実力をお持ちです。また剣術もすばらしく、一武将としてもこの連合軍で十本の指に入るでしょう。」
「ふむ・・・まあ、そうだとは思うが・・・正直普段の叔父上を見ておると好き勝手気ままにしているように見えるがのう・・・。」
「そうですね。リュリュ様のご指摘のように、アンドラーシュ様の弱点はムラッ気です。さすがに苦戦している時にはそういうことはありませんが、楽に勝てそうな局面になると、とたんにサボってしまわれるので、配置するのであれば、逃げ場のない最前線か、いつサボられても問題のない。うまく動けば見つけ物の遊撃隊か、そのあたりになるでしょう。」
「むぅ・・・散々な言われようじゃな。叔父上は。」
「逆に、同等の能力を持ちながらムラッ気もなく、堅実に攻めるのがジゼル様。あの方は普段と戦場ではまるで別の人間のように見えます。普段のムラッ気がなくなり、冷静沈着。かつ、頭もいいので、柔軟に戦略を変えてくる。一対一ではなく、兵を率いて戦うとき、この5人の中で私が一番戦いたくないのがジゼル様です。」
「じゃが、この5人の中ではエドのリシエール義勇軍が最大数を誇るぞ。主要戦力にしたってヘクトールやメイもおるし、なかなか脅威だと思うがのう。」
実際、リュリュの言う通り、ジゼル旗下二千に対してエドの義勇軍は八千。その戦力はアンドラーシュの五千も上回り、最大である。
「ですが、頭がおりません。リュリュ様は頭のない龍を恐れますか?」
「いや、頭がないというのは言い過ぎじゃろう。たしかにエドは指揮をするよりも好き勝手に暴れまわるほうが好きではあるが、さっきも申したようにヘクトールがおる。奴ならば・・・。」
「いえ、無理でしょう。親衛隊であったヘクトール殿は多くの兵を動かした経験はないはずです。親衛隊に回る前に部下を持っていたとしても、せいぜいが百人長位。実際、アンドラーシュ様のところでも、傭兵部隊は三百そこそこだったと聞いています。それが古参の人間も混じっているリシエール義勇軍七千の兵を好きに動かせるわけもありません。」
「ふむ・・・では、リシエールはどう使うのじゃ。」
「まあ、戦場の賑やかしですね。ヘクトール殿に百人ほど付けて前線に配置。残りは本陣の手前にでも配置して盾に使うくらいしか、今のところは使い道がありません。ユリウス様がもう少し成長されれば別でしょうが。」
バッサリと切り捨てるカズンの言にリュリュが苦笑をうかべた。
「はっきり言うのう。まあ、よい。で、この十人しか連れていないレオはどう使う?」
作品名:グランボルカ戦記 外伝 リュリュとカズンのある日の授業風景 作家名:七ケ島 鏡一