ジャッカル21
『天皇が代わっても、再び私が始末する。さらに代が変わっても同じだ。私が死んでも、私の兄弟たち、息子たちが私の仕事を受け継いでいくだろう。天皇なり、天皇の代替となる機関なりが終息するまで、私たちの行動は続く』
袋田は店を走り出てタクシーを捕まえようときょろきょろした。携帯を取り出した。最初にかけたのは、警視庁でも警察庁でも外務省でもなく、江刺のところだった。
「大変なことがわかった。ジャッカルのターゲットは首相じゃない。天皇だ」
「ほんとお? わーっ、かわいそう!」
「小泉首相ならかわいそうじゃないのか! そもそもまだ襲撃されてもないのに、恐れ多くもかわいそうとは何事だ! さっさと出て来い! 四十分後、警視庁捜査一課第一会議室。遅れるなよ!」
二〇〇五年、七月二日、午前十時、ウクライナ、ヤルタ
ロシア大統領プーチンは上機嫌だった。ウクライナとの関係はよくないが、他のいくつかのイスラム勢力の強い共和国に比べれば、今のところはましだった。ウクライナと喧嘩をしたとしても、所詮は兄弟喧嘩に過ぎない。ウクライナは農業に関しては、ロシアより豊かであるから、その点でロシアはへりくだっておかねばならない。プライドの高いウクライナも、ロシアの購買力と軍事力と外交力がなければただの巨大な農場に過ぎない。かつてのコンビナートの再生を図るにしても、ロシアの科学技術に頼らざるを得ない。総合力で圧倒的に勝っているロシアは、賢くて寛容な弟のように、ウクライナに付き添ってやって、時々兄の自慢話を聞いてやる代わりにその手に持っているおいしそうなアイスクリーム、すなわち農業生産物を失敬すればいいのだ。これもロシアの民のためだ。
昨日から三日間の予定のヤルタ訪問でも、大統領は、地元ウクライナに対しては、この基本路線を貫徹してきた。間違ってもNATOからの誘惑に乗せてはならなかった。キャビアと、南風と、海水浴と、温泉に感謝している様子が伝わるように、放送媒体に媚も売った。政府官僚筋には、ロシアとのパートナーシップがいかに重要かを力説して廻った。ユシチェンコ大統領に、あの女首相の首を切れ、と耳打ちした。さらに、NATOになびいたら、石油パイプラインの元栓を締めるぞ、と脅した。
プーチンは、ウクライナの大統領や高官が頻繁に利用するホテルに滞在している。