ジャッカル21
袋田はむこうを向いたままのロシア女に呼びかけた。女はもとの椅子に坐った。袋田は大部分が裏返しになった用紙をロシア女の前に差し出した。
「この部分にはどういうことが書いてあるんだ?」
彼女はカウンターの上に両手を組み、その上に顎をのせてうなった。ひどい近眼だ。
「ウーン、コレジャ ヨク イミ ワカラナイヨ」
「ロシア人なのにロシア語がわからないのか?」
「チガウヨ。ゼンタイヲ ミタラ、ロシアジンナラ ダレデモ イミ ワカルネ。スコシ ホーゲンナノモ ワカル」
「おいおい、放言なんぞじゃないぞ。切実だぞ」
「アッ、アッ、イナカ コトバ ノコトネ」
「方言、って言いたいの?」
「ソウ、ソウ。ウクライナ、グルジア、イマモ、ムカシノ イミデ ツカウカナア。シカシ、イマノ コトバ ツカウ ワカモノ イミ ワカラナイヨ」
「こっちも、よけい、いみ わからないよ」
「ムカシノ コトバ ツカエバ ワカルネ」
「昔の言葉っていうのは、一般には、わかりにくいんだがね。君は今の場合、逆を主張してるようだねえ。君、いったい、どの言葉のことを言ってるんだ?」
「ヴェルホーヴヌィ トイウ コトバダ。 イチバン エライ ヒトノ コトダ。シカシ コレダト ヨク ワカラナク ナルネ。ダイガ カワル、イウトキハ チガウコトバ ツカッテタネ」
「わかり、やすく、むかし、ふうに、いうと、どう、なるんだ?」
「アナタ ムカシノ コトバ キキタイノカ?」
「ぜひ」
「ウーン ワタシタチモ オトサン オカサンモ アマリツカワナイ コトバダ。オジーサン オバーサン ツカッテ ダメノ コトバダッタ」
袋田は胸騒ぎがしてきた。
駄目の言葉?
血圧と血中アドレナリン量が、一挙に高まった。
「だから、昔はなんて言ってたんだ!」
「……ツワァーリ」
「なんだって! 皇帝だって?」
袋田はカウンターの上の用紙をそのまま内ポケットにねじ込んだ。残りの文書を栓をするようにその上から押し込んだ。震える手で勘定を払った。小銭をばらばらと床にこぼした。ロシア女が小さな悲鳴を上げた。
首相を天皇に置き換えて読むと次のようになった。