ジャッカル21
「なんで知ってるのよ」
「大をやってるのを見たことも聞いたこともないからな。その下腹のぽっこりは脂肪だけじゃないだろ」
「相変わらずイヤなやつ。私の目線がついつい行っちゃうからそれに釣られて見てるんだな。袋田さん、アルコールの臭いがぷんぷんするよ!」
切られた。
昨晩から今日の昼までの袋田は惨めだった。警視庁の仲間は、ねぎらいの言葉がおざなりだった。首都警戒に当たっている機動隊等の現場の人間は、何もできなかった袋田を哀れんでいるようだった。
国家公安委員会臨時会で報告を強いられた。総監とは、また言い争いになった。よくもおめおめと帰ってきたな、と言われた。期待してないといったのはあなたのほうでしょうが、と言い返そうと思ってやめた。そう言われても仕方なかった。連戦連敗。収穫は虎一頭だけだった。何度も総監とはいさかいを起こしてきたが、今回ほど深刻にはなったことはない。長かった蜜月時代が終わったようだった。
外務省の対策会議にも呼び出された。向こうから与えられた情報は、袋田が与えた情報より、質も量もはるかに優れていた。まさか虎退治の話などできない。恥ずかしくて穴にでも入りたくなった。
体ごとドアにぶつけて開けると、見も知らないバーに入った。外人バーらしかった。聴きなれない音楽がかかっており、嬌声が飛び交っていた。昼間なのに客が多い。仕事を早々と切り上げた人間や、夜に働く人間たちがたむろするところのようだった。カウンターにすがるようにして坐った。バーボンのオンザロックをダブルで頼む。
袋田は、カウンターの上の濡れ雑巾が走ったあとを、自分のなさけない軌跡のように思った。出されたバーボンを口に含みながら、ジャッカルの足跡を思い出す。それは自分の敗北の歴史でもあった。新潟、魚津、富山、黒部、途中跳んで諏訪。その足跡は地図の上に大きな裏返しのクエスチョンマークを描いていた。
ジャッカルは、富山でフィリピン人のホステスを殺していた。弟だと言うマニラ大の学生が、連絡がつかないと大家に電話をしてきた。大家が部屋を開けて女の絞殺死体を発見した。血痕と精液を遺伝子鑑定した結果、新潟や魚津の事件で検出されたものと一致した。今のところ、この遺伝子鑑定結果は国内外の犯罪履歴には結びついていない。血や遺伝子の問題についてはお手上げだった。
袋田の隣りの席に外人ホステスが坐った。