ジャッカル21
パソコンが開くといつもの声が聞こえてきた。郁ちゃんが苦労して手に入れてきたサウンドのコピーだ。
「ヤー、チェンカ(わたしは かもめ)、ヤー、チェンカ(わたしは かもめ)」
世界初の女性飛行士テレシコワが、宇宙から地球に送った第一声だ。郁ちゃんはこの声に酔う。テレシコワさんは郁ちゃんの憧れの的だった。テレシコワさんのようになりたい……
画面が明るくなった。ここ一週間、郁ちゃんはこの時間になるとモニターの前に坐りこんで食い入るように画面を見つめてきた。人工衛星の捉えた画像を生で放映しているのだ。NASAが一部公開している番組で、有料である。地上20センチ差を識別できる。偵察衛星並みだ。
一週間前に沖縄が映り始めた。今日か明日には東京が映るはずだった。
駿河湾が映った。
青い色がついたガラス板のような海が広がっていた。点々と白い粉をまぶしたように、船が散らばっている。南のほうの湾のはずれを大きなタンカーが通る。北の海岸線を、新幹線が白蛇のように走っていく。閲覧ソフトには、弾頭ミサイルのように、ピンポイントの誘導機能が組み込まれているので、見たいものを観察するのに便利だ。特定の対象物を一定時間以上追うと、その特徴をバーコードの原理で読み取って、以後も追跡を続ける機能だ。郁ちゃんは新幹線の運転席に焦点を当てて拡大し、一緒に走ってみる。窓の中にブルーの上着を着た人影が見えた。
再び退いて、高度を二万メートルに固定した。画面の上の右側から富士山の裾野がゆっくりと現れた。そのほとんどが銀色の雲に覆われているけれど、五合目より上は雲を突き抜けて屹立していた。東京から見ると青く見える富士は、衛星から見ると茶色いあばたみたいだ。しかし、その対称性は独特のもので、きっと神様が暇に任せて丹念につくったに相違なかった。火口が画面中央に移動してきた。噴煙は出ていない。口をすぼませて空に突き出したような富士の表情が、西日を浴びて影となって、東側の山腹と雲の表に長々と延びていた。立体感はいまや圧倒的だった。すっごーいっ! 郁ちゃんは見とれてしまった。
このとき、郁ちゃんは妙なことに気がついた。富士山の北側の山腹からかすかに煙が上がっていた。噴火しているのかしら? 郁ちゃんはヘッドフォーンをはずして、台所にいるお母さんに呼びかけた。
「お母さん。ヘンだよ。富士山が噴火してるよ」