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ジャッカル21

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朝日が射し始めた。男は胡坐をかいて無言のまま長い間八重子を見詰めていた。八重子は男の正面に正座して目を伏せていた。いよいよ殺されると確信した。不思議と動揺も恐怖もなかった。男の体が動いた。八重子はさすがに目をつぶった。
「お前にやる」
男の声が聞こえた。男はリュックから真空パックされた紙袋を二個掴み出して、目を開いた八重子のひざの前に置いた。
「テントもやる、落し物を見つけたら粗大ゴミとして捨ててくれ」
男はそう言って笑った。携帯を返してくれた。口の周りには金色の無精ひげが伸びていたが、その目は、明るくなりかけた空が映っているのかと思えるほどに美しい。
男が立ち上がった。
行ってしまうのか。
八重子の目に涙が溢れて、男の笑顔がゆがんで見えた。あんたは、私を、どういうつもりで抱いたの? と訊こうとしたが、喉がヒクついて声が出なかった。呆然と坐りこんだままの八重子を残して、男は朝日がさしてくるほうへと走っていった。逆光線の中、黒い影は少しずつ小さくなって、やがて土手の向こうに見えなくなった。

七月十二日、午後四時三十分、東京

杉並の西荻窪の住宅街に、寺田郁子ちゃんの家がある。郁ちゃんは、区立大宮前小学校の四年生だ。ヘッドフォーンをつけた郁ちゃんは、壁に掛けてある42インチのモニターに今リモコンでスウィッチをいれたところだ。ソファに陣取って、テーブルの上のキーボードとマウスを操っている。どちらもコードレスで、モニターの下においてあるパソコンにつながっている。パソコンはテレビと兼用になっているが、ほとんどテレビ番組を見ない。
郁ちゃんの夢は女性宇宙飛行士になることだった。宇宙開発の歴史に関しては、専門家はだしの知識を持っている。所蔵の本はほとんどが宇宙開発についての大人向けのものだ。ビデオやD?Dもたくさんある。それらを読んだり見たりしている時が。郁ちゃんの至福の時間だ。大型のモニターも、高価なパソコンも、月額料が馬鹿にならないアクセス権も、将来宇宙飛行士になるために、両親を拝み倒して手に入れたものだった。アクセス権を得るための審査は厳しいものだった。半年がかりでレポートを書いた。ヒューストンまで面接試験を受けに行った。非英米圏では、史上最年少で合格した。だから、近所ではとても有名な子供だ。
作品名:ジャッカル21 作家名:安西光彦