ジャッカル21
それを聴いて、男は歌詞を日本語に訳した。
「赤軍兵士のワシーリーの額に弾が当たった。
やがてそこから芽が出て茎が伸びた」
「なにそれ。気持ちわりい!」
男はそれを無視して、もう一節歌い、訳した。
「コサック兵士のバジェーエフの背中に弾が当たった。
やがてそこから芽が出て茎が伸びた」
八重子は黙って聴いているしかない。男は歌っては訳していく。
「ドイツ兵士のハンスの心臓に弾が当たった。
やがてそこから芽が出て茎が伸びた。
イタリア兵士のアルベルトの腹に弾が当たった。
やがてそこから芽が出て茎が伸びた。
茎は伸びて葉をつけて大きなひまわりが咲いた。
見渡す限りひまわりだらけだ。
もうこれ以上ひまわりの咲く余地はない」
八重子は、確かな感銘を受けた。しかし、平静を保とうとした。
「ははあ、それは、反戦歌だね?」
「私が生まれる前から歌われていた民謡だ。内容は……、そうだ。ドイツとその同盟国がソ連に侵攻した時のことがもとになっているからな」
「あんた、もっと、楽しい歌、知らないの?」
「あいにくだったな」
「ちぇっ」
八重子はテントにもぐりこんだ。不貞寝するしかないだろう。男の低い歌声が聞こえてきた。さっき聴いた二曲を繰り返していた。
不思議なことに、その歌が、子守歌に聞こえてきて、八重子は睡魔に襲われた。
もう一度目がさめた。テントの中だった。男が八重子の口をふさいでいた。外に複数の男の気配がして、もしもーし、異常はないですか、と問いかける声が聞こえた。男は八重子の胸をまさぐりながら、ふさいでいた手をゆるめた。やめてよ、ちょっと、やめて、と八重子は大声ではないが叫んでしまった。外の者たちはしばらく聞き耳を立てていたようだったが、行ってしまった。
八重子は啜り泣きを始めた。男は、両腕に八重子を抱いて、ぼそぼそとつぶやき、八重子をなだめた。やがて八重子は全身の力が抜けて、奇妙な安堵感につつまれた。そして催眠術にかかったように眠り込んでしまった。
夜が白みかけた頃に、八重子は身を起こして這って外に出た。男もついて来た。消えかかった焚き火のそばで、八重子はその男と寝てしまった。
強姦されたわけではない。その男が放つ得体の知れないオーラと絶対的な悲しみの雰囲気に惑わされてしまったのだ。抵抗しなかった。後悔もなかった。妊娠したような気がした。