ジャッカル21
袋田は、長野県警からの連絡を聞いたとき、実際に床を鳴らして地団駄を踏んだ。今も頭の中で地団駄を踏み続けていた。またしても逃げられたか。ジャッカルは日本のことを、前もってよほど丹念に調べてきたらしい。
公安委員会の井出からメールが入っていた。ジャッカルのことはすでに首相の耳に達しているそうだった。テロリストの脅しには乗らない、それは今までも一貫してきたことだ、と首相は言っているらしい。脅しではありません、と説明しても聞かないそうだ。公式行事に変更はありえないという。井出たちは心配していた。G7よりも前に、靖国神社参拝の行事がある。今年の靖国神社参拝は、終戦記念日のちょうど一ヶ月前に内定していた。その時をねらわれる可能性があった。七月十五日まであと四日しかなかった。袋田は頭が痛い。胃も痛い。
袋田は、ジャッカルが昨日と一昨日に、どこに隠れていたか想像をしてみた。富山のどこだろうか。アルペンルートに入ったのだから、最短路を通ったとすると、富山市の東部か滑川だろう。魚津からすぐのところだ。あまり移動しなかったことになる。意外に傷が重かったのかもしれない。
では、その地域のどんな建物に潜伏していたのか。ホテルやモーテルに泊まれば、即座に連絡があるはずだ。空き家、建築現場、物置、今は夏だからどこにでも寝泊りはできるが……。
かくまった者がいたのかもしれない。ジャッカルのクライアントは接触してこないだろうから、知り合って間もない人間がかくまったのだろう。その場合、その人間は非常に危険だ。そのことを総監に訴えたのに、公開捜査を強行してしまった。それ以後総監と口をきいていなかった。
さらに袋田は、女のところにいたのではないか、と疑った。袋田は心配になってきた。その女はすでに殺されているかもしれない。それに、今晩ジャッカルはどうするのだろうか。再び女をつかまえるとしたら……
「袋田さん、女、オンナって、ひとりごと言ってるよ。運転してる巡査に聞こえてるよ。そんなに女がほしいのかっ」
「ジャッカルの陰に女あり、と思っただけだ。女をつかまえては殺しながら東京に近づいていくとしたらエライことだ」
「もしかしたらハンサムなのかもしれないわね。私、まだ、ちゃんと実物見てないけど」
「誰もちゃんとは見とらん。見た人物は殺されとる」
「人相書きは長野県にも出回ってるんでしょ?」