ジャッカル21
「県境検問所から北に12・5キロの路上にいる」
「そのまま走り続けてください。停まると窓ガラスを破って侵入してくるかも知れません」
「おどすなよ」
「前例があります。機動隊員がお助けに参ります。事故を起こさないように、落ち着いて、しかしスピードを時速90キロ以上に保ったままで逃走してください」
電話が切れた。袋田は、泣いている江刺をうかがった。かわいそうだが教育的指導を与えてみよう。虎も恐ろしいが、江刺を信頼している自分も恐ろしかった。自覚はないがまだ酔っているかもしれなかった。江刺も酔っていたらどうしよう。
「車を止めるぞ。腕と度胸のみせどころだ。撃つんだ」
江刺は泣き止んだが震えていた。しゃっくりが止まらない。それでもシートにもたせかけてある真っ赤なゴルフバッグのチャックを下ろした。ぴかぴか光る銀の銃身が姿を現した。
袋田は、自らもホルスターから拳銃をとり出して安全装置をはずした。窓枠に両肘を当て、拳銃を突き出した。
江刺は、ライフルを右手につかみ、助手席のドアを開けて外に出た。車の前面をまわって、道路の中央に立った。足を肩幅に開き、腰を落とした。ピンクのタイトスカートが太ももに張りついた。人差し指を引き金に当てた。ガンマンが拳銃をまわすように、ライフルをまわし始めた。まず時計回りに一回転。銃身が長いので、銃口は江刺の腋の下すれすれを通過した。
袋田は窓から顔を出してどなった。
「何やってんだ! 」
「いつもやってる儀式は省けない!」
さらに反時計回りに一回転。
「ここは外国じゃないぞ。しゃっくりが出るのはおかしーい!」
素直にも、しゃっくりは止まった。
「早く撃て! お前、目をつぶってちゃあどうしようもないだろうが!」
江刺が目を開け、ヴァイオリンを弾くように銃床を右頬に固定し、銃身を仰角十五度に構えた時には、爆撃機が飛来したかのような大きな影が、江刺の足元までのびてきていた。轟音が鳴り響いた。一瞬おくれて袋田の拳銃が間抜けな音を立てた。虎と江刺はひとかたまりになった。三、四メートル滑空した。四方の山々から銃声の山彦が返ってきた。一度、二度、かすかに三度目。袋田は車からまろび出た。うつ伏せに大の字になって死んでいる大虎の下で、江刺は全身に垂れ流れる血を浴びて気絶していた。
七月十日、午後十二時三十分、東京