ジャッカル21
「もしもし、署長ですか、生活安全課の室町です。昨日の南公園動物園の脱走事件のことですが」
「いや、わたしは、警視庁から出向中の袋田です。署長の車を拝借していまして」
「あっ、失礼しました。ご苦労様です。今朝、袋田さんとは、県警ビルでお会いしたと思います。署長には、携帯で連絡いたします」
「なにかありましたか?」
「いや、ジャッカル云々の件とは無関係です。檻を改築中の動物園から動物たちが逃げちゃいましてね。四頭中三頭は、地元の猟友会の皆さんの協力もあって射殺しましたが、残り一頭がいまだに逃走中です」
「逃げたのはジャッカルですか?」
「袋田さん、ご冗談を。五歳の牡のベンガル虎です。では、失礼いたします」
江刺はきょろきょろと辺りを見回していた。右側はるか下方には神通川が悠然と流れていた。川へ下っていく崖には夏草が生い茂り、色とりどりの花々が咲き乱れていた。左手の森林は鬱蒼と生い茂っていた。立山連峰へと連なる樹海の縁にあたる。
「ここ、いいとこね、袋田さん。小さい頃のことを思い出すわ」
「埼玉の大根畑のまんなかで育ったんじゃなかったのか?」
「そういう差別的発言は許せないわ。あのね、私、小さい頃は熊本にいたの。森を突っ切って川が流れてて、フナやザリガニやドンコがいっぱいいて、川べりには赤紫の蓮華と白いクローバーがいっぱい咲いてて、川を下っていくと海に出て、松林で裸になっちゃって、泳いでいると魚が足をつついて、水平線の上を蜃気楼みたいな大型タンカーが滑っていって……。袋田さんは小さい頃、どうやって過ごしてたの?」
「部屋に閉じこもりっぱなしだったよ。幼稚園のころからテレビにかじりついてた」
「その頃からひとに嫌われるタイプだったのかしら。友達がいない。作ろうとしてもできない。相手にしてくれるのはテレビだけだったのね。かわいそうに」
「両親ともに警官だったから、しょっちゅうひとりで夕飯を食ってただけだ。私の社交性を君は分かってないな。あーあ、思い出すなあ。昆松ちょっとこいの大村昆。ダイハツミゼットのコマーシャルもやってたな。あと、あたり前田のクラッカー、藤田まことね。ジェスチャー。柳家金語楼とターキーのじゃんけんで始まるんだよ。司会の小川アナウンサーが、柳家キンギョロウ、って言い損なったことがある。夢で会い+ましょう。みんなのヒッパレー……」