ジャッカル21
温泉を自宅に引いて、真昼間から、栓に星印が四っつも刻まれたブランデーが出てくる生活は、腹立たしくもうらやましかった。東京を離れればそんな生活が手に入るかもしれない、と袋田はむかむかしながらもかりそめの将来計画構想に耽った。釣りをしたり、小さな農園を経営したり、田舎娘を飯炊きに雇ったり、村のご意見番になって青年たちにうるさがられたり……。 たっ、楽しい。
「袋田さん! 運転に集中してくださいよね! 八王子か大宮の暴走族みたいに蛇行運転してるよ! 前、見てくださいよぉ」
「見てるよ。少しは」
「東京の居酒屋でよろめくのはそちらの勝手ですけど、こんな崖っぷちでよろめくのはよしてくんさい。なにを考えてるんですか」
「無念無想で運転しておるのっ」
「そうは全然思えないわい。あっ、わかったぁ。この、エッチお飾りに触発されたな?」
「どれなの? えっ、これらのこと? クズじゃないか」
「惚けんでくんさい。満たされない性的欲求は時と所を選ばないんでしょうが」
「そういう欲求、もう、とうにないんだけど」
「嘘言ってるって顔に書いてあるわい。だってさっきからさあ、横目で私のどこ見てんのよ、視線、ここに来てるわよ、ここ、どこよ!」
助手席に坐っている女朝青龍は、まだ酔いが醒めていないらしかった。
この女こそ性的欲求不満を抱えている。性的妄想を垂れ流しているじゃないか。ライフルとの長くて深い悪因縁から一歩踏み出したいのではないか……。一瞬、さらに激しい夢想に袋田は陥りかけた。これはいかんと自らを立て直すと、おやじくさい咳払いをして眠気と夢想をふりはらった。背筋を伸ばし、正面を向いて口を開いた。
「予想されるジャッカルの動きについて説明したい」
「なーに、それ。ふさわしくないんじゃない」
「おい、ふざけるなよ。俺達、何のためにここに来てるんだ?」
袋田は怒鳴る。江刺は、ハイ、と答えて、身を正した。