ジャッカル21
それからのマエリアの行動はすばやかった。畜舎に入り、敷き藁を替え、水を替え、樋のように連なるえさ箱に、改良牛餌を敷き詰めた。通路の突き当たりにある物置のドアを鍵で開けた。そこに置いてあるクーラーボックスから、前日夜に搾乳された生乳の入った容器十本分を、冷蔵トラックに収納した。これで合計四十五本になる。男をトラックの床に寝かせ、周りを生乳容器で取り囲んだ。後ろの扉を閉めて鍵をかけると、富山市内のセンターに向かって走った。来るときにも通った二ヶ所の検問を通過した。どちらの警官たちもマエリアのことを覚えていてあっさり通してくれた。途中、遠回りして、自分が勤めているキャバレーバリハイの裏口に停まり、店に男を入れて待っているように言い渡した。タクシーを奮発してセンターから大急ぎで店に戻ってくると、自分のアパートに男を連れ込んで、あわただしくセックスをした。
マエリアの体の前面全体が血まみれになった。
七月十日、午後二時、富山
袋田と江刺は起きるや否や、寝ぼけ半分で署長の車に飛び乗った。
警察関係者の車とは思えなかった。内部のつくりが異様だった。床には毛足の長いアンゴラの赤絨毯が敷きつめてあった。壁と天井には、白い人工レザーが貼ってある。前と後ろの座席にはこれも模造の虎の皮が敷いてある。袋田はそれを意識してさっきから尻がむずがゆい。天井からは様々なお飾りがぶら下がっていた。視野の上のほうでゆらゆら揺れて、目障りだった。天井のまんまんなかに、風の盆 と墨痕鮮やかになぐり書きされたちょうちんがぶら下がっていた。フロントガラスの上の縁には、リカちゃん、スカートを広げたマリリンモンロー、おーもうれつのねえちゃん、森高千里、ピンクレディー、けっこう仮面、裸のアフリカ原住民等の人形がぶら下がっていた。袋田は、こんな車を、平気で貸す人間の退廃が、いかなるものかを想像しようとする。
確かに、無能を絵に描いたような署長だ。部下達みんながうわさをしているジャッカルのことを知らなかった。
だが、車中の、このぶら下がりどもも悪くはない、などと感じてしまう自分が恥ずかしい。