ジャッカル21
ハンドルの音と窓枠のきしる音以外に聞こえてくる、出どころの知れない音に、聞き耳を立てながら。
ハンドルが並んだ操作盤をそっと離れる。足音を忍ばせて壁を伝って進む。いつも使っている八つ股を手にとった。猪八戒が持っているような、八本の曲がった鉄の角がついたシロモノで、乾草をかき上げるのにはなくてはならない道具だ。マエリアはそれを右の腰骨につけて腰を低く落とすと、乾草の山に向かって大声で呼びかけた。
「誰だ、出て来い!」
いびきが止んだ。ざわざわと枯れ草が騒いだ。どしんとしりもちをついて、リュックを担いだ大柄な男が転げ出てきた。
マエリアは興奮のあまり八つ股を放り出してしまった。
「スティーヴン! 何であなた、ここにいるのよ!」
タガログ語で言ってしまった。スティーヴンがタガログ語を、俺の前でしゃべるな、と言っていたことを思い出した。あわてて英語で言いなおした。走りよって抱きつこうとした。そのわずか十メートルの途中で、相手がスティーヴンではないことに気がついた。しかし、もうその男の目の前に来てしまっていた。見かけはいかにもアメリカ人だが、日系ハーフの可能性もあった。マエリアは息をつきながら、失望と好奇心半々の状態で尋ねた。英語にした。
「あんた、マリーンじゃない? スティーヴン・カルボーネン伍長を知ってる? あんたの親戚か知り合いにいるんじゃないの? しっかり思い出してくれない?」
胡坐をかいて坐っているその男は「知らん」とそっけなく日本語で答えた。
「だけど、よっく、似てる。生まれ、ノースカロライナじゃないか?」今度は日本語で尋ねた。
「違う」
男はあくまでそっけなかった。
マエリアは男の前にひざまずいて、その両足を両手でそっと触った。頭髪も瞳も黒いのに、すね毛は金髪だった。
「あんた、傷だらけじゃないか。シャツ、血が沁みてる。ほっぺた、切れてる。喧嘩してきたか?」
「そうだったかもしれない」
「あははあ、酔っ払ってたか? ペイデイ前なのに金持ちだなあ。前にも、ここで酔っ払い、寝てたこと、あった。それにしても、ひどい、けがだ。病院、いくか? 今日、日曜だけど、開いてるところ、知ってる。軍人証明あれば、安いよ。行くこと、いいことだ」
「病院にはいかない」
「ははあ、事情ありか。私、同じだ。じゃ、私のとこ、来るか? 看病してやるよ」