ジャッカル21
天木は坐っている者の顔を指差し、名前を挙げて、指示を出していった。相手は、はい、はっ、などと応えると一礼し、すぐに立ち上がって部屋を出て行った。室内は残った者たちのざわめきで満たされた。ざわめきが動きに変わっていく。電話をかける者、パソコンを開く者、グループを作って議論をし始める者。
天木は音を立てて椅子に坐った。袋田の脇を左の肘でつついてきた。
「逃がすと相当な失点になりますか?」
「あたり前だ。警視総監にはなれないな」
袋田は声を殺して少し笑った。天木はうなだれたがすぐに立ち直らざるをえなかった。指示を仰ぐ声があちこちからあがるからだ。
彼は躁状態で対応していった。ノックなしで続々と署員が入ってきた。天木に書類を見せてサインをもらうとすぐさま出ていく者もいれば、空いた席に坐りこみ、パソコンを開けて身構える者もいた。電話連絡の声とパソコンのキーを打つ音が姦しい。
珍しくきちんとドアをノックする音が響いた。
腕力のある人間がたたいているらしく、やたらと大きな音だった。全員がドアに注目した。誰かが、どうぞ、と大声を出す。
ドアが開いた。入ってきたのは、ピンクのタイトスカートをはき白いブラウスを着た若い女だった。ショートカットの頭は小さい。平安美人のようなおかめヅラだった。右肩に黒のハンドバッグと赤いハーフのゴルフバッグを担いでいる。左手でキャスターつきの水色のスーツケースを引いている。そばに寄った案内の婦人警官より頭ひとつだけ背が高い。その女は、衆目の集まる焦点に直立不動で立ち、右肘を水平に挙げ、天木と袋田に向かって敬礼した。
「埼玉県警捜査一課二班、江刺邦子巡査部長、ただいま到着いたしました」
袋田は、ぎょっとした。オンナか? 総監は何を考えているのか?
案内の女性警察官は江刺を引導して、最前列左端の席に坐らせた。折りたたみいすを持ってきて自分もそのとなりに坐りこんで何やら話しかけている。後列に坐っていた女性警察官二名も立ち上がって江刺の背後にやってきた。江刺の坐っているあたりだけ、女子高の教室の片隅のようになった。
「あれが江刺か」
天木がつぶやいた。
「江刺がどうかしたのか?」
袋田は苦々しげに尋ねた。