ジャッカル21
直次郎は、トラックの天井を開ける油圧ボタンを押して外に出た。普段ならここで、水槽の横腹にある排水弁のロックをはずすところだが、今日は、すぐに梯子をよじ登った。さっきの音の原因を確かめたかったからだ。
天井が開ききったのと、直次郎が水槽の縁に立ったのと、その黒いものが水中から跳びだしたのが、同時だった。直次郎は危うくコケ落ちるところだった。黒いスウェットスーツを着て、黒いゴーグルをつけ、シュノーケルをくわえ、ランドセルのようなバッグを背負った人間が現れたのだった。
その男は、シュノーケルを吐き出すと、直次郎に向かって言った。
「泳いでいたら、トロール網につかまってしまってね。鰯に囲まれてここまで来ちゃったよ」
美しいバリトンだった。ゴーグルの下の口が微笑んで、白い歯が見えた。男は、動転している直次郎に向かって左手を差し出した。
「悪いけど、手を貸してくれ」
直次郎はおずおずとその手を両手でつかんだ。大きな手だった。金髪の産毛が張り付いていた。
直次郎の足場は危うかったが、なんとか男の上半身が水面から出るまで引きあげた。その時、男は反動をつけて水中に潜りこんだ。直次郎は、もんどりうって水槽に転落した。男はもがく直次郎の背後に回ると、直次郎の両腕を逆手にねじ上げ、自分の両脚を直次郎の腰に巻きつけた。怪力の直次郎も赤子のようだった。水がどっと肺に入ってきた。驚愕と苦悶にのたうつ直次郎の目を、水を透かして真夏の太陽が射た。
七月九日、午前十一時三十分、新潟
新潟県警本署ビルの二階にある大会議室には、総勢三十六人の刑事と警官がしんとして坐っていた。
召集に対しての彼らの反応は大きく分けて三通りあった。
袋田の行動を迷惑至極と感じている者がいた。週末の計画が台無しになりそうなのだ。女房子供やゴルフ仲間や飲み友達の顔を思い浮かべながら、いらいらしていた。
午前中に袋田と行動をともにした者たちは、袋田の秘密主義にうんざりしていた。内心で抗議していた。わけの分からないことに駈り出されるのはいい加減に降りたい気分だった。この人物は、独り勝手に行動して、ついていく人間に対する説明責任を果たしていない、と不信感を募らせていた。