ジャッカル21
最後のトラックがやってきた。おばちゃんは、トラックが見えた段階で、市場内の喫茶店めがけて小走りで去った。生ビールを飲みに行ったのだ。直治郎は、トラックに飛びついて、タモを入れる。四台目の注文は一五〇尾だったが、隅までさらって二十尾ほどおまけをつけた。
最後のトラックから降りてきたのは、万代橋市場の漁業組合員の一人である大下康司だ。茶髪で細面の優男だ。直次郎とは中学の同級だ。東港の?下ろし?を監督して、最後のトラックを運転してくると、喫茶店で待っているおばちゃんから今朝の揚がりを聞く。おばちゃんとデキているのだ。彼の一日の仕事はそれだけだった。大下は、理事である親父の七光りで、楽でわがままが通る仕事をしていた。
「抜き打ち検査って、何や」
直次郎は、車のキーを手渡す康司に向かって言った。
「麻薬か密航だろう。よう知らんのう。なんや、しつこかったわ」
康司は、立ち止まりもせずに喫茶店に急ぐ。昔も親しかったわけではない。二人とも魚屋の息子だったが、それだから仲良くなるのは、お互いにいやだった。なのに、直次郎は、康司が持ってきたトラックを洗い、駐車場に置いておく役割をいつも受け持っていた。康司がおばちゃんのところへ去った後、残っているのは直次郎だけだ。頼むよ、兄弟、などと康司に言われては、断る理由を直次郎には見つけられなかった。直次郎は、康司を思いながら一人酒を飲み、悪酔いすることがある。
直次郎は、トラックの天井の窓を閉め、タモを運転席と水槽の間にしまいこんだ。運転台に上がると、空気ポンプのスウィッチを切り、魚市場付属の洗車場に向かった。市場の壁に沿って走り、左折して高速の斜め下をこぐり、さらに左折した。短時間で180度向きを変えたことになる。最後に左折した時、鈍い音がした。水槽の右壁に何かが当たった。外側からではなく、内側からだった。鈍い、くぐもった、6トンの水を振動させる重い音だった。魚の塊が壁に当たって音を立てることはあるが、今回は音の質が違った。小さな魚たちが束になって立てる音とは違う、どすんといった音だった。直次郎はトラックを停めようとも思ったが、洗車場はもう目の前だった。水槽の掃除の時にわかることだった。
直次郎は、駐車場に入ると、自動洗車機の前でトラックを止めた。誰もいない。競りはとうに終わっているので、駐車場には数台の乗用車が泊まっているだけだった。