ジャッカル21
最初のトラックがやっと姿を見せた。直治郎は立ち上がりながら、市場の事務所に携帯で連絡した。三十台以上並んでいるトラックから喚声の声と警笛音が鳴りひびいた。列をなすトラックの先頭から三台がエンジンをかけた。東港からのトラックと列の先頭にいるトラックが並んだ。直治郎は、魚を満杯にしたトラックの腹についている梯子をよじ登った。天井全体を左右に開きはしない。そうすると、梯子の最上段と水槽の端に足をかけて作業をすることになり、足場が危うい。直次郎は天井に乗り、中央に切られた80センチ四方の窓を開け、そこから、ポンプで空気を吹き込まれて泡立っている水槽にタモを突っ込む。
「元町二丁目、葵寿司、五十尾」
運転手が大声で叫ぶ。運転席のそばに立つ事務所のおばちゃんが、記録をとる。注文は五十単位だ。二百未満の注文に対しては一〇尾おまけ。二百以上五百未満は二十五尾おまけ、と大体決まっている。弱っている魚が混じるので、文句を封じるためには、そのくらい余分に与える必要があった。直治郎はタモで掬って一瞥するだけで、鰯の頭数をほぼ正確に勘定できるようになっていた。こんなことだからここから足を洗えなくなったのだったが。
東港からは次々にトラックがやってきた。おばちゃんは時々携帯に耳を傾けては、左腕にぶら下げた小さな白板に数字を書き込む。一尾あたりの値段だ。市場内の競り値に連動して活魚の値が変動する。それを見た先頭車の運転手は、次の運転手に値段を伝える。それが順送りになる。ここのしきたりだった。東港では、抜き打ち検査のせいで鰯だけ競りが遅れているらしかった。
すでに午前十時になろうとしていた。おばちゃんが、「最後の一台が、いんま、出たんだとよー」と直治郎に伝えた。待っているトラックがまだ六台あった。直治郎は今掬っている水槽がほぼ空であるのを確かめてから、おばちゃんに合図する。おばちゃんは、待っているトラックの運転席を回って何匹欲しいかを聞いて白板に書き取ってくると、直治郎に向けてかかげて見せた。
「最終が出ましたんで、後ろ二台は、我慢してつかわさいー」と直治郎は大声で叫ぶ。抗議のクラクションに向かって平身低頭する。