ジャッカル21
日本海をS字型に蛇行して、中層をトロールしながら真鰯を捕獲してきた。魚群探知機で、鰯の群れを見つけては、トロール網を降ろして微速で航行する。網はたちまち満杯になり、ウィンチが逆回転する。ウィンチを締めて網を巻き上げ、鳥居型ポストで垂直に引っ張り上げて、網の底を開く。
ピョートル二世号は他のトロール船と構造がやや異なっている。ふつう魚は、網から落ちて、洗浄され、ベルトコンベアに乗せられて急速冷凍室に運ばれる。この船では、鰯はまず活魚用のプールに落とされる。そのプールは深さ三メートル、縦横八メートル×八メートルの大きさだ。エンジン室の上に、エンジンの発する熱を冷ます目的もあって乗っかっている。八メートル幅の金網が船尾から船首に向かって絶えず移動し、まず水面近くにいる鰯をすくいとっていく。水面近くの魚は浮いてしまった(死んでしまった)か衰弱しているので、それらを先に始末する。以後金網は徐々に深くなる。
掬い取られた鰯は、ベルトコンベアに乗せられて、あるいは調理され、あるいはつみれや蒲鉾やおでんの具等に加工され、船首にある魚倉に納められる。日本の居酒屋チェーンやスーパーとの契約によって、船内で作る調理済みと加工済みの製品の量は、正確に決まっていて無駄が出ない。これらが注文量分だけ仕上がると、後はベルトコンベアの左右から人はいなくなり、終点にいる者だけによる丸ごと急速冷凍作業となる。冷凍室から出た鰯は、発泡スチロールの箱に詰められ、魚倉に積まれていく。
注文済みの品物が入った箱には、座標タグがガムテープで貼られている。それにしたがってコンテナ内の位置が決まる。コンテナを積んだトラックが、注文先を最短経路で巡り、その順にトラックの後尾から搬出できるように、立体座標に従って積まれていくのである。丸ごと冷凍されたものに対しては、セリにかけるだけなので座標は必要ない。
プールには、接触しすぎて浮いてしまわない程度の密度で、活魚が群れている。料理屋や鮨屋は、この活魚を冷凍魚の五倍の値でいくらでも買う。水槽や生け簀に放して客に見せるのだ。ロシア人の船員たちにはこの日本人の趣向がよく分からなかった。しかしとにかく活魚を大量に供給できることは、ピョートル二世号が他のロシア漁船とは比較にならないほど儲けている理由だった。