ジャッカル21
番号?の書類には、今回の事態に対しての警察庁長官の対応趣旨が書いてある。?は臨時国家公安委員会の中間報告だ。?は長官官房の国際課の緊急決定事項。以上の三部はあくまで途中経過の報告だ。どの部署も会議中だ。?だけは種類が違う。今回の騒動のもとになった文書だ。翻訳された通信文とロシア語の原文だ。最後に情報官室と欧州局ロシア課の簡単なコメントがついている。今すぐざっと眼をとおしてくれ」
袋田はざっとではなく丹念に読み始めた。読み進むに従ってだんだんと関心が高まっていった。女性秘書がアイスコーヒーをテーブルの上においていったのにも気がつかなかった。筆頭秘書の郡司が、新たな文書を総監に手渡したのにも気づかなかった。総監は、その文書を一部、袋田が向かっているテーブルの隅にそっと置いた。郡司は総監のデスクと直角に置かれた小さめの机について袋田の反応を斜め正面から遠慮しながらも窺っていた。十分ほどの時間がたち、袋田は頭をあげた。
「どんな感想かね?」
総監はデスクに肘をついて両手で顎を支えながら、袋田に問いかけた。
「外国の例はよく知りませんが、文書?のような内容が知れてしまった場合、通常は犯行を中止します」
「じゃあ、ジャッカルは来ない?」
「いや、その反対です。依頼主は犯行中止を提案したかもしれません。しかし、当人が拒否したでしょう。それは報酬額が大きいからだけではないでしょう。私の勘ですがね。長い間現場の刑事をやってますと、犯人の心情が乗り移ってくるようになります。この男は今まではプロの暗殺者だったのでしょうが、今回は、やや別のキャラクターとなっているように思います。いやに乗り気です。ほとんど怒りに駆られています」
袋田は、それ以上のことを言いかけて、口をつぐんだ。袋田をとらえたかすかな困惑を、捜査のとっかかりかたについて話し合っているこの場で話題にしても、道草を食うばかりになると判断したからだ。その困惑とは、ジャッカルの発言とされるものから、ほとんど私怨を晴らすあだ討ち人のような熱情が読み取れるのに、文言そのものは首相という公的な地位や機能をなきものにすると言っている点だった。袋田はこの二重性に居心地の悪さを感じた。
このことは、胸に畳んでおいて、袋田は別の思い付きを述べた。