ジャッカル21
またもや例の女性が立ち上がった。SPに言葉をかけて、水平撃ちを止めさせた。もうその人は、腕を挙げないし首も振らなかった。再び方向を変えて近づいていくジャッカルに、その人は決然と対峙した。
二人はどんどん近づいて行く。二人の細かな表情がお互いに分かりあえるぐらいに近づいた。これ以上は近づいてはいけないのではないか、それともとことん近づくべきなのか。ジャッカルには分からない。実はそれをはっきりさせるためにやってきたのに。今なぜ分からないのだろう。ターゲットを、捨て身でかばうその人を見て、ジャッカルは自分の分際を思い知る。今その人は決然と態度を表明している。死んでもいいと。ただ、私だけを殺してくれと。このひとを撃ってくれるな、自分が死ぬのはかまわないと。その人はジャッカルが何者であるかをすぐに悟ったはずだ。そして即座に態度を決めたのだ。
お前に殺されてもいいよ。
ジャッカルは思った。あの人の本当の気持ちは、自分には分からない。昔、私の父親になにかが伝わった。はかないけれど渾身のなにか。一方、数十年に及ぶターゲットとの生活があった。それは歴史であった。あの人は全力で生き切り、伴侶とともに歴史を作った。子供は所詮疎外されている。私はあの人に、えらい迷惑をかけている。封印を無理やり破ったのだ。こんなことが現実になってしまったのは元はといえば私の思い込みだ。ここに来たのは大間違いだった。
ただし、生まれてこなければよかった、とは思わない。あの人のあのときの行動を否定なんぞしない。
あなたは、ああなさってかまわなかった。それどころではない。私はあのことを知って以来、心の奥の奥で、あなたに賞賛の拍手を送り続けてきたのです。
モーターボートが、大きく右に傾いだ。沈没しそうになった。
刻々と時は経っていく。チャンスはますます少なくなる。
しかしジャッカルは撃てない。
髪は逆立ち、胃は縮み上った.胃液を吐き散らしながらうめいた。
「ああ、マモーチカ(おかあさん)」
ヘリコプター内は、まだ悪臭につつまれていた。江刺は泣きっ放しだ。
袋田は絶叫し続ける。
「撃て。撃つんだ。ライフルウーマン、撃つんだ!」
「だめ、だめ、だめ、とても出来ない! 動いている人間を動きながら撃つなんて、想像したこともない!」
「虎を撃てたじゃないか!」
「あんときの百倍も難しいよお! できないってば!」



