ジャッカル21
隣の江刺から、笑いをかみ殺すような、うめき声が聞こえてきた。
「思い出し笑いなんぞして。こんなときに不謹慎な。なんかうれしいことでもあったのか?」
「違うの。つらくてつらくて。すごく不謹慎なことなの」
「なんだ。早く言え」
「袋田さん、トイレどこ?」
「なんだとお? こんな小さなヘリコプターの中の、どこにトイレがあるって言うんだ」
「私、もう我慢できないの。ヘリコプターが振動してるおかげで、便秘が治っちゃいそうなのよ」
「治るな。治すな。治っちゃいかん!」
「私の手には、もう負えないのよお。助けて、袋田さん」
「あーもーなんてこった! 操縦士さん、なんとかならんか?」
「私、操縦歴十五年、3000時間の滞空時間歴を誇らせてもらっておりますが、こういう例は初めてですな。そもそも私、女性を乗せたことがないんですよ。女性の死体を運んだことはありますがね」
「何か考えてくれよ。俺は考えたくない!」
「そうですなあ。座席の下に、酔った人のための洗面器がありますから、それを使ったらどうでしょうか」
「やぁーだー」と言って、江刺は泣き始めた。
袋田は座席の下をまさぐって、汚い洗面器を引っ張り出し、江刺に突きつけた。
「そんなもの見せないで。ますます我慢できなくなるぅ」
「早くやるんだ。これは命令だ!」
袋田の大声にびっくりした江刺は、シートベルトをはずすと、涙をぽろぽろ流し、ぎゃーこら泣き声をあげながら、袋田に背中を見せて後部座席の前にしゃがみこんだ。
「袋田さん、見ないで!」
「見たくないよ、そんなもん」
袋田は窓の外を眺めていると、パンストが擦れる音に続いて大きな破裂音が響き、複雑な噴出音がその後に続いた。たちまちヘリコプター内は、鼻の曲がるほどの悪臭につつまれた。
「ちょっとぉ、かんべんしてくださいよ。パラシュートつけて飛び降りまっせ」
操縦士は、正面を向いたまま怒っていた。江刺の大きな泣き声は続く。袋田はいらいらしてつい振り返ってしまった。江刺は白い尻を丸出しにして座り込んだままだった。
「早くケツをふけ!」
「ないの。紙がないのよ」
「普通女は持ってるだろうが。バッグに入ってないのか!」
「さっき秋葉原を散歩してて、暑かったから、持ってる紙タオル、汗拭き用にみんな使っちゃったの。ハンカチは持たない主義なの」



