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ジャッカル21

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松村と九条は、でこぼこ道をのろのろと走っていくおんぼろバスに乗っていた。バスの座席の人工革は、あちこちはげていた。ドロがこびりついた床には、木片を打ち付けて穴をふさいだ跡が盛り上がっている。ディーゼルオイルのにおいが、バスの内部にこもっていた。窓を開けようとしても、錆びているせいか、開かなかった。乗客は、松村たち以外には三人。二人は農夫である。ふたりともつなぎの作業服を着て、大きなずた袋を足のあいだに置いている。同じコルホーズで働いている同僚らしかった。もうひとりは満々と太った中年女だった。風呂敷のように大きなスカーフを頭に巻いていた。黒地に茶色の唐草模様の入った、だぶだぶのワンピースを着ている。買い物籠を脇において、熱心にイズベッチャア紙を読んでいた。バスの振動で読みにくいらしく、不機嫌そうなしかめっ面を浮かべていた。
バスは、果て知れないほど広大な、満開のひまわり畑の真ん中を、突っ切っていく。
視界を、周期的に、電信柱がよぎっていく。ひまわりは、1メートルから2・5メートルの高さだ。風の向きは定かでなく、ひまわりは、いやいやするように揺れていた。種の部分が瞳となって、無数の眼が松村を窺っている。花びらは、降り注ぐ日光がしみこんで、金色に輝いていた。霞とみまがうほどたくさんの蜂が、飛び交っていた。金色のじゅうたんが、えんえん茫々と連なって、天に至るかと思われた。天国がもしあるならば、きっとこんなところだろう、と松村は思った。バスの中にも、ひまわりの花粉が、金の粉塵のようにけむった。その香りは、人をくらくらさせるほどに濃い。
松村と九条は、すりきれた名刺の裏に、鉛筆で大きくはっきりと書かれた、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国イヤルートナ郡オーダリニャ村にやってきた。
松村はその名刺を渡されたときのことを思い出す。
妃殿下はおっしゃった。
この子を抹殺しようとする人たちが出てくるでしょう。そんなことがあったなら私も死んでしまう。この子は日本では生きていけません。一生のお願いです。毎年、この村にあなたが直接訪れて、この子が無事に成長しているかどうかを確認してください。この子が成人するまで続けてください。その様子を私に報告してください。
松村は、いちめんのひまわり畑を眺めながら、この言葉を反芻する。そして自分は生涯にわたってこの村を訪れ続けるようになると予感した。
作品名:ジャッカル21 作家名:安西光彦