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ジャッカル21

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九条は、宮内庁の、妃殿下側近の女官だ。東京外語大ロシア語学科出身の才媛である。妃殿下の御成婚の際、妃殿下と同世代の女官を、宮内庁は民間から募集した。宮内庁の側からリサーチをかけて勧誘した。その結果選ばれ五人のうちのひとりだった。この五人の結束は固い。妃殿下を自分たちの世代が生んだホープと思って、献身に努めてきた。常に妃殿下の身辺についていた。たとえば前年の欧州巡行にも付き従った。九条はモスクワとレニングラードでは通訳を務めた。
九条は、狭くて埃の臭いのする廊下を進んだ。腕には健康そうな重たい赤ん坊を抱えている。ぐっすりと眠っているその顔は、切れ長の眼をしてやさしげだった。
妃殿下は、ベッドの上に起き上がって、赤ん坊をあやしていらっしゃった。松村と九条の姿を見て、敵意のような表情をお浮かべになった。九条は、妃殿下でも、いざとなるとこんな表情をとることがおありなのか、と驚いた。
松村侍従長は、妃殿下に向かってささやいた。
「お急ぎください。時間がありません」
妃殿下は声を上げてお泣きになった。九条は、抱いている赤ん坊を松村に渡し、妃殿下に向かって両手を差し出した。そのまま随分時間がたっていった。松村が再び声をかけた。妃殿下は泣きの涙で、抱いていた赤ん坊を差し出した。九条がその赤ん坊を抱き取ると、松村は抱いていた赤ん坊を妃殿下にお渡しした。妃殿下は、うつろな表情で、その子を抱いた。

一九六五年、六月一日、午後十一時、旧レニングラード

仕事場から帰宅中のミハイル・アレギーノフは、サイレンサー付き拳銃で、背後から銃撃を受けた。いつも通るネヴァ川の河川敷での出来ごとだった。数発の銃弾を受け、苦痛と絶望にのたうちまわるミハイルに、数人の男が近寄ってきた。その内のひとりが放った言葉は、一年近く独学で日本語を勉強してきたものの、ミハイルには意味が分からなかった。その男はピストルをミハイルの頭に向けるとこう言った
「トドメダ!」


一九六五年、六月十日、午後二時 ウクライナ
作品名:ジャッカル21 作家名:安西光彦