ジャッカル21
殿下は、前年秋に関西各地を御視察された。宝塚雪組の公演をご覧になった。葉月ありさをお気に召されたようだった。関西においでの時は、御宿所にお呼びになり、食事を共になさることもたびたびあった。
翌年一月、葉月ありさは体調不良を理由に宝塚を退団した。
五月、彼女は、故郷の高知で、ひっそりと男児を出産した。
一九六五年、五月二十三日、午後二時十分
二十二日に、妃殿下は、東大病院産婦人科に入院なさった。主治医は、酒井俊吾教授だった。スタッフ総勢十二名は、アメリカ製の最新式分娩装置と中国の針を併用した無痛分娩を試みた。
酒井俊吾は、二時過ぎにスタッフ全員を分娩室から追い出した。別室に待機して外に出ないこと、追って指示するまで、いかなる発言も慎むことを厳命した。異常事態が生じたからだった。
酒井はただひとりで分娩作業を終えた。
白子が生まれた。
非常に例が少ない。酒井は震える手で、泣き続ける赤ん坊を取り上げた。その顔を見て、あやうく取り落としそうになった。あきらかに、コーカソイドの顔立ちだった。震える手で目薬をさした。指で開いたまぶたのあいだから、空色の瞳が覗いた。
酒井は、今この瞬間下さなければならない決断の重大さに身震いした。泣き声を聞いているのは、自分と妃殿下しかいない。赤ん坊を抹殺する機会は今しかなかった……
酒井はおくるみに包まれた赤ん坊を、妃殿下の前に差し出した。
「体重3750グラムの、健康な男児でございます」
仰向けに横たわっていた妃殿下は、両手を差し伸べて赤ん坊受け取り、胸にかき抱かれた。赤ん坊の金髪と西欧人らしい顔を見ても、表情ひとつお変えにならなかった。
「ああ、私のぼうや」
妃殿下は小鼻をひくつかせ、涙をこぼしながら、繰り返された。しばらくして、涙を片手でぬぐった妃殿下は、酒井に向かって言った。
「松村さんを呼んでください」
一九六五年、五月二十四日、午後四時
九条弘子は、足早に東大病院産婦人科の玄関を通り抜けた。先導する松村侍従長も、せわしない足つきだった。玄関、ロビー、待合室には、私服刑事やSPらしい屈強の男たちが何人も立っている。



