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ジャッカル21

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女はミハイルに駄々をこねた。ミハイルは仕方なく身分証明書を出して女職員に見せた。忘れ物をとりに行くだけだから、と説得に努めた。その間相手は、ミハイルの顔ではなく、かたわらの女の顔を、穴のあくほど見つめていた。女職員がついてくるという条件つきで、二十分だけ入館許可が得られた。先導するその職員は、時々後ろを振り返って女を見た。
女の指定した奥の部屋には、温室のように大きなガラス箱があった。中にはカラクリ機械が入っていた。ブロンズと金銀の板と無数の宝石のかけらから出来ていた。草むらからは季節の区別を無視した色とりどりの花が顔を出している。きのこがいくつもならんで文字盤を形作っている。中央のブロンズの木の枝には、ふくろうや啄木鳥やにわとりや孔雀がとまっている。孔雀はひときわ大きかった。幹にはリスがしがみついている。それらを金の板でできた葉がとり囲んでいた。十二時のきのこの上に、すべて世はこともなし、とブロンズのレリーフで書いてあった。
ちょうど五時を打つチャイムが聞こえてきた。リスは首を振りふり木の実を食べ始めた。にわとりは天を仰いでトキの声を上げた。ふくろうは目をしばたいて首をぐるぐる回した。大きな孔雀はゆっくりと羽を広げた。森がにぎやかに眼を覚ました。
女が満足そうに言った。
「私の忘れ物はこれだったのよ」

午後九時四十分

ネヴァ川の流れは、ほとんど止まっていた。潮が満ちてきたからだ。フィンランド湾から吹いてくる風はおだやかだった。船の行き来は頻繁だ。遊覧船やモーターボートや水上タクシーが走っていく。そのたびにできる波が、斜めに岸辺に打ち寄せて、所々に刻まれた階段を一、二段だけ駆け上った。川向こうには、ペトロパブロフスク要塞の尖塔がそびえていた。霧が広がり始めた西の空は、その巨大なアイスピックと見まがう先端に突かれて、出血したように紅に染まっている。海風にゆっくりと押されながら、霧は、薄闇の底に横たわるレニングラード全体を、すっぽり覆うはずだ。霧の中にぼうっとかすむ太陽は、尖塔の先端にかかったまま動かない。太陽はもうこれ以上沈むことができない。白夜の季節なのだ。
宮殿橋やシュミット中尉橋の上を走る車の音を縫って、対岸の学生街から、労働歌を歌う合唱の声がかすかに聞こえてくる。そして、四メートルほど前を歩く、女の歌う声も聞こえる。
作品名:ジャッカル21 作家名:安西光彦