ジャッカル21
二人はたちまち熱気と悪臭に包まれた。たくさんの裸電球が辺りを照らしていた。腸詰が暖簾のようにぶら下がり、バルチック海産の鰯や鮭が、大きな樽に漬け込んである。売り手は皆腹の出た中年男たちで、買い手はさらに腹の出たおかみさんたちだ。値切り交渉の喧嘩じみた駆け引きが、あちこちで進行中だった。二人は人ごみを抜けて中庭に入った。中庭は、ゴミタメのようだった。ウォッカやジンの空きびんが散乱している。新聞紙や雑誌がどろどろになっている。あちこちに猫の糞が転がっている。板壁を引っぺがされた小屋が、傾いたままかろうじて建っていた。二人は一度横丁にもどって、今度は別の入り口から入り、階段を上って五階まで行った。五階の天井だけが、ほかの階のよりもかなり低かった。黒っぽいドアが廊下に並んでいるだけで、人が住んでいそうもない。
降りてきて深呼吸をしているミハイルに、女は頼んだ。
「ラスコーリニコフが殺したお婆さんのうちに今度は行きましょうよ。そこまで七三〇歩って書いてあったわ。あなた、測ってみてよ」
ここもそこも、観光客が時々訪れるところなので、場所はミハイルも知っていたが、その間を歩測したことはなかった。
「自分で測れよ」
「歩幅が違うのよ」
並んで歩きはじめたミハイルに向かって、女はスカートのポケットから英語版の市街地図を取り出して突きつけた。
「最短路はどれなの?」
ミハイルは立ち止まって、ひとさし指で経路をたどってみせた。
「ぼくは今勘定してる最中なんだから、話しかけないでくれよ。黙ってついてくればいいんだ」
午後二時十分
金貸しの老婆の家まで、七四六歩だった。女はミハイルを見上げながら感心したように言った。
「ほほう。いいせん行ってるわね。ドストエフスキーも、あなたのように背が高かったのね」
目の前の六階建ての建物は、さっきの建物よりもはるかに荒廃していた。赤茶色の外壁はところどころ剥げ落ちて、中身のレンガをむき出しにしていた。内部の階段も痛みがひどく、あるところは欠け、あるところはすり減っていた。踊り場の裸電球も、半分は切れていた。さびた鉄の手摺りは、所々階段から浮いていて危険だった。



