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ジャッカル21

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妃殿下の御巡行は、多忙を極めるものだった。スウェーデン、デンマーク、イギリス、オランダ、モナコの各皇室を表敬訪問し、ローマ法王とも親しく歓談し、国連児童憲章に基づくパリの国際大会では、フランス語でスピーチをなさった。その年の春にフランスは、門外不出の至宝「ミロのビーナス」を日本に貸し出した。上野の国立西洋美術館には80万人が押しかけた。今回の訪仏はその返礼の意味もあった。石の美女ではなくて現し身の美女を送ってくるとは、日本も粋なことをする、しばらくお貸し願えるように政府は交渉せよ、とパリ・マッチ紙は書きたてた。妃殿下はチューリッヒでの世界赤十字大会でもスピーチをなさった。その他の大小の行事への出席を含めると、お眠りになるひまもないほどだった。やっと、この街でおくつろぎの様子ではあったが、スケジュールのたてこみ加減は相対的なものに過ぎなかった。
ソ連海軍の戦略企画室に勤めるミハイル・アルゲーノフ少尉は、陸軍近衛兵の手が足りないという理由で、親善使節団の護衛に駆り出された。昨日の午前午後と今日の午前中だけの、臨時勤務だった。夏の陽光の下なのに、完全武装を強制されていたので、全身汗まみれだった。彼は、自分をこんな目に合わせた使節団を心の中でののしりながら、しかたなくホテルの周りをうろついていた。しかし、あと三十分で解放される。午後は臨時休暇になる。ミハイルは、朝から彼に汗をかかせた太陽を仰ぎ見た。薄青く澄み切った空には雲ひとつなかった。北緯六十度の緯線が街のすぐそばを走っているため、さすがに日の光は強くない。しかし、市民にとっては日光浴にもってこいの天の恵みだった。
作品名:ジャッカル21 作家名:安西光彦