ジャッカル21
「その通り。しかしこの墓参りが始まった頃は、宮内庁を仕切っていた。事務方の頭領でもあり、昭和天皇、皇太子殿下のよき相談相手でもあった。皇族方の海外訪問の際も随行し、外国政府との渉外を一手に引き受けていた。ロシアにも公式訪問として1964年に行っている。それ以後は奇妙にも年一回の私的訪問だけだ。日本政府の人間は、鳩山一郎、河野一郎を筆頭に、頻繁に訪ソしていたが、皇室関係では、この1964年が初めての訪ソ経験だった。ついでに言っとくと、この年九条弘子は宮内庁の女官として同行している」
「皇族の誰が行ったんだ?」
「*******だ」
三人とも黙りこくってしまった。
重光は、この事態とジャッカルとのありうる関係を想像しようとした。しかし、よほどの奇想でない限り、両者を結びつけることは出来ないとあきらめた。深淵を見下ろす崖っぷちに立って、向こう岸を絶望的に眺めているような思いがしてきた。そしてその深遠から、何者かが立ち上がってくる気配があった……
重光は自分がなぜ外交官僚の道を選択したかを思い出す。世界の大状況が極私的な小状況を規定し、人知れない個人行動が大状況を揺るがすという大きな循環の働く場に、若き日の重光は身を置きたいと思った。もし出来るならばその循環にわずかなりとも働きかけたかった。そう夢想して、苦しい勉強にも耐えたきたのだった。今自分の夢想した大循環が、目の前に姿を現わそうとしていた。ここで力の限りを尽くさなければ、生まれてきた意味がない。
「松村浩一郎氏に対する一回目の尋問はすでに終えた。警察ではなく外務省から来たといわれて、ボケが吹っ飛んだみたいだった、と担当官は言ってたよ」
そう明石が言った。
「どんな対応だったんだ?」
重光は憂鬱な気分で尋ねた。
「黙秘権を使った。石地蔵になったそうだ。哀れだよな」
重光の憂鬱はそれを聞いて一挙に濃くなった。九十八歳の老人を依怙地に、不安に、不幸にさせるようなことをするために、このミッションに参加しているわけではない。国家の重大事だから関わっているのだ。なのに、この老人を自分はいじめている……
「このオペレーションは、これで解散だ。今後も二次三次の展開はない。田岡氏も、慎んだほうがいい」



