恋の結末
「朝やでー、たく」
「朝やでー、たく」
お腹の上に重みを感じた僕は彼女を押しのけようとして――
ぷに。
……?
ぷにぷに。
この感覚はまさか!
おっぱ……いや、まさかな。けど、マシュマロみたいな柔らかさだ。
「ちょ、たく、何言ってんねや」
目を開くとひきつった安芸の笑顔と旨を握る手が僕の方に……って僕の手だ!
「お、おい。そんな所で何をしているんだ」
「たくの寝顔を見に遊び来たんや」
「ち、ちょっとそれどういうことだよ」
なんなんだこいつは……。
「けど……」
「ちょっとたくの願いをかなえにきたや」
ニヤリと笑うと安芸は続ける。
「それと、たくって結構大胆なんやな」
「……」
「ウチの胸をさわったりして」
「……」
「ま、それは置いといて。たくの願いをかなえにきたや」
「……」
「たく。聞いてる?」
人間、ショックが大きいと一周回って冷静になるものらしい。
僕の上に乗っている女の子は見たこと無い娘だった。
「すまないが」
「まず僕の上から降りてくれないか?」
のそのそと床に降りた安芸は両手を腰に当てると、
「しゃあないから退いったったで」
恩着せがましい。
「で、お前は誰だ?」
「酷いなー。安芸やって昨日言うたやんか」
ああそうだった。
「で、願いを叶えるってのは?」
不服そうな顔を安芸はしている。
「ずばり、たくの恋を成就させることや」
「……は?」
その時の僕は心底マヌケな顔をしていたことだろう。
ってそんなことじゃなくて。
「こ、恋ってなんだよ」
「恋ってそりゃあ男女のあれやろ」
「そんな事分かってる。そうじゃなくって……んー、なんて言えばいいんだ」
僕の脳は思考の放棄を一心に訴えていた。
つまり寝ろってことだな。
僕は目をつむり体の求めるままにした。
「ええっ、寝んといてえや」
安芸が僕を起こしてくる。
……何かを忘れているような気がする。
しかし、そんな事を考える暇をこの安芸は与えてくれそうにない。
「ささ、着替えるで」
「え、ああ……うん」
両手を上げてバンザイする僕。
しゃあないなとかなんとか言いながら手を延ばす安芸。
「って。なんでお前が着替えの手伝いをしているんだ」
にゅーっと伸ばしてくる手を払いながら言い放つ。
「ええやないか、ええやないか」
あくまでも手を伸ばして来る。
空から御札でも降ってくるんじゃないだろうか。
「もうすぐ葵が来るから隠れてくれないか」
「ん? なんで?」
「なんでってそりゃあ」
「あっ、そういうことかー。ふっふーん」
「おいなんだよ。な、なんだその笑みは」
「たく、その葵って娘が好きなんやろ。顔が赤いで」
「えっ」
慌てて顔を触る。
「図星かいな」
呆れ顔で安芸は続ける。
「こんな簡単にたくの意中の女性が分かるなんて」
「だから違うって」
まあ正直、図星な訳だが。
と、チャイムの音が聞こえてきた。
「ちょっと待ってやー」
すごい速さで安芸は玄関に駆けてく。
訪問者は確実に葵だというのに。
葵になんと説明すればいいんだよ。
相手が女を連れ込む男なんて百年の恋も冷めてしまうじゃないか。
結論から言うとそんなに心配することなど無かった。
僕の横に安芸が座って向かいに葵が座っている。
学校まで30分ぐらい。そろそろ出ないとまずいかな。
「そっか、安芸さんはたっくんのいとこなんだ」
最初は警戒していた葵も今はいつものほんわかした顔に戻っている。
「そうやで、よろしくな」
こいつの口上は凄い。詐欺師として食っていけるんじゃあないだろうか。
ほいほい騙される葵の将来が心配だ。
「えいっ」
突然安芸が僕の腕を引き寄せて胸の間に挟んで来た。
「おおっ?」
突然のことで反応が遅れてしまった。
が、それは葵も同じの様で、あわわわわと目を丸くしてフリーズしている。
「ちょ、ちょっと。何してるのっ」
「じょうだんやって。いとこ同士やで」
仕掛けてきたのと同じ速さで僕の手を開放した。
こいつ一体何がしたいんだよ。
「それじゃあ私はたっくんと学校に行ってきますから、留守番お願いしますね」
開放された手はすぐさま立ち直った葵に確保される。
「わかっとるわ」
そう言うと安芸は葵には聞こえない位置に立って僕に耳打ちしてきた。
「この葵って娘が好きなんやろ」
「おい、何を言って……」
「しっー。今から言うことを実行するんやで。この娘は今悩みを抱えているから相談に乗ってあげることや」
「だから何を……」
しかし、安芸はその問に答えることはせず、
「たく、気ぃつけてな」
パタンと家のドアを閉めた。
「お、おう」