小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

マルコとスリム

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
マルコっていう名前にした。身体が丸々と太っていたし、目もまん丸かったからだ。
 マルコは野良猫の割には体の毛が綺麗でつやもあるように見えた。太っているので、やはり動きが鈍い。というか、いつもほとんど定位置から動かない。
 ホテルの裏の細い路地、エアコンの室外機の前に、マルコはいつも眠たそうにどっしりと座っている。都会のど真ん中のこんな場所にも、結構野良猫が居たりするものだ。
 僕が近づくと、一瞬大きく目を見開き、びっくりしたような顔をする。そして、またお前か……っていう顔をして、目を瞑る。
 たまたま見つけた、ただの野良猫になぜ惹かれたのかわからない。客室のメンテナンス中に気分転換で窓を開け、視線を落としたらそこにマルコがいた。次の日の朝、出勤前にマルコの元へ行ってみた。それから、かれこれ二週間になる。悩みなど何もない、苦しいことなど何もない、ただ丸くなっていればいい。そんなマルコがとてもうらやましい。
 そしていつからかマルコは出勤前の憂鬱な気持ちをほんの少し癒してくれる貴重な存在になっていた。

 小学生一年生の時、短い間だったけど実家で猫を飼っていた。学校の帰りに捨てられていた猫を僕が拾ってきて、両親に頼み込んで家で飼わせてもらったのだ。身体の大部分は白い毛で、腰のあたりにすこしの茶色の毛、左の後脚のあたりにやはりすこしの黒の毛、顔は左の耳の部分が茶色くなっている。
 名前はスリムと名付けた。スリムはスリムというか、体が小さくて弱々しくて今にも死んでしまいそうな猫だった。鳴き声も小さくて、エサもあまり食べられない。それでも、頭を撫でてやると、とてもうれしそうな顔をしてミャーと泣く。
 自分に重ねていたんだろうと思う。僕はその頃、体が小さくて運動能力もなく、いじめられっ子だった。勉強はそこそこできて、クラスでは上位の方だったのだけど、運動は全くダメでドッジボールなどの遊びでも目立たなかったのでクラスメイトからは雑魚キャラ扱いだった。
 そんな自分を慰めてくれたのがスリムだった。スリムは何をするにも一生懸命に見えた。水を飲んでいる姿も部屋の中を歩く姿も体を震わせながら、やっとやっと、こなしているようにみえた。にもかかわらず、僕が学校でいじめられ、落ち込んで下を向いて家に帰ってくるとスリムは心配そうに僕の顔を見上げ体力がないのに必死に鳴き声をあげた。
 元気を出せとでも言ってくれていたのだろうか。そんなスリムの姿を見るたびに、自分も頑張って生きていくんだと子ども心には決して大げさではない決意を固めていた。

 それは夏休みのとても暑い日だった。僕は近所の噴水のある公園にスリムを連れて行った。あまりに熱いから、スリムに水浴びでもさせてやろうと思い、大きめのタオルを二枚持って出かけのだ。
 公園にはめずらしく誰もいなかった。クラスの他の男子に見られたくないなあと思っていたのでラッキーだった。
 噴水のところまで行って、スリムを水につけようとすると、どうも嫌がっているようで足が水に着きそうになると、必死に体をくねらせて水を避けようとしている。
 その時、後ろから声がした。いつも僕をいじめているクラスメイト達だった。
「お前、猫が水を嫌がるって知らないのかよ」
 そう言うと、いじめっこのリーダーで体格の良い近藤が僕の方に近づいてきた。
「俺の家、猫飼ってるから知ってるんだ。常識だぜ、お前可哀想なことしてんじゃねえよ」
 知らなかった。猫を飼うのは初めてだったから、そういうことは何も知らなかった。
「おい、お前が飼ってたらその猫、不幸になるから俺によこせよ」
「……だめだよ」
「えっ! なんて言った?」
「スリムは僕と一緒じゃなきゃだめなんだ!」
「いいから、よこせよ!」
 その言葉の後に近藤が僕の足を蹴った。それを皮切りに周りにいたほかのクラスメイトも僕に蹴りを入れてきた。弱気な僕はやり返す勇気などなく、じっとしているだけだった。
 その時、僕の腕に抱かれていたスリムが勢いよく飛び出して、近藤にとびかかり、腕を引っ掻いたのだ。
「イテエ!」
 近藤がひるんだ。その後、僕は咄嗟に両手を前に突き出して近藤の身体を突き飛ばした。近藤は思いのほか遠くまで、飛んで行った。
 僕は震えていた。初めてだった。いじめっ子たちに立ち向かっていったのは。近藤とクラスメイト達はびっくりした顔をして、その場から走っていった。
 緊張がほどけて、僕はその場にしゃがみこんでしまった。するとスリムが僕に近寄ってきて、小さな声でミャーと鳴いた。
「スリム、ありがとう」それに応えて、スリムはもう一度ミャーと鳴いた。
 
 夏休みが終わり、二学期を迎えた。あの時以来、近藤とそのほかのいじめっ子たちとは一度も会わなかった。
 登校するのがちょっと怖かった。あの時の仕返しをされるんじゃないか? あの時は勢いでたまたま喧嘩に勝ったような形になったけど、何度も勝てるわけはないのだ。教室に入ると近藤はすでにいて、自分の席に座っていた。僕に気づくとじろっと僕の目をみて、すぐに目を逸らした。僕はなるべく近藤の方を見ないようにして、自分の席に座った。
 近藤は二学期からは僕をいじめなくなった。かといって仲良くなったわけでもなかったけど、僕があの時、突き飛ばしたことで何かが変わったのだろうか。
 それ以来、僕からいじめられっ子というレッテルが外され、クラスのみんなが僕を輪の中に入れてくれるようになった。今まで一人もいなかった友達も何人かできて、学校生活が少しずつ楽しくなっていった。以前とは違い、学校から帰って来た時の僕の顔には笑顔が残っていることが多くなった。

 Tシャツと半ズボンという服装から、パーカーに長ズボンの服装に変わった頃、スリムが亡くなった。雨が三日間続いたジメジメとした日のことだった。
 学校から帰ってくると、小さなスリムの身体を母親が抱きかかえ、何度も何度もゆすっていた。でも、スリムは目を瞑りピクリとも動かなかった。母親の涙が、スリムの目に零れ落ちた。するとスリムも泣いているように見えた。
「浩志、スリムちゃん……」
「うん」
「がんばったよね。本当に頑張った」
「そうだね」
 その時の僕は泣くことができなかった。日に日に弱っているスリムを見ていたので、近いうちに別れが来るだろうとは思っていた。覚悟まではできていなかったけど、予測はしていた。スリムが居なくなったら、悲しくて寂しくて仕方がないんだろうと思っていた。
 でも、いざその時を迎えたら何も考えられなくなった。悲しいという気持ちを脳みそが受け入れなかったのだろう。ただ茫然と母親の腕の中で動かなくなったスリムを見つめていた。
 スリムが何歳だったのかはわからない。見た目がとても弱々しかったから、結構な年齢だったのだろうか。それでも、僕ら家族と一緒に力の限り生きたのだ。老衰で天寿を全うしたのならば、幸せだっただろう。いじめられっ子を卒業して、笑顔で学校から帰ってくる僕の顔をみてスリムは喜んでくれていただろうか。
作品名:マルコとスリム 作家名:STAYFREE